時間銀行

 俺の一日はiモードで休講の状態を調べることから始まる。

 

「よーし、今日は三コマ目が休講か。と言うことは、十二時から十八時までは空きだな。」
早速時間銀行にある口座にアクセス。六時間を振り込む旨、予約を入れる。これで六万円のもうけ。残高を見ると三十万円ほどになっている。そこでそのまま株式投資のサイトに接続、前から目を付けていた会社に投資する。
時間の売買が出来るようになったのはつい最近のことだ。何でもアメリカだかどこだかの偉い学者が考えた「時空対称性理論」とかいうやつの応用として発明された。難しい理屈はよくわからないが、簡単に言うと、明日は忙しいが、今日は暇である場合。よく
「あー、この時間、明日のために取っておきたいなぁ」
とか
「明日にこの時間分を追加できたらいいのになぁ」
などと思ったことはないだろうか?実はそう言うことが出来るようになったのである。とは言え、一般人が使えるような安い機械はまだまだ存在しない。何十億円もする機械でのみ実現できるようなものなのだ。
そこに目を付けたベンチャーがあった。それが「時間銀行」だ。彼らはこの機械を購入すると、個人相手に商売を始めた。特にサラリーマンは暇なときと忙しいときの差が激しい。そこで暇なときに溜めておき、忙しくなると引き出すのだ。銀行自体はその利用料を取って儲けた。
そのうち、ベンチャー企業やゲーム業界などの、時間が足りなくてどうしようもない人に、学生や主婦など暇な人々から買い取った時間を売るサービスを始めた。俺が利用しているのもこれで、一時間を一万円で買ってくれる。ちなみに銀行が売るときには一時間を一万五千円で売っているらしい。
俺はこれに目を付けた。そもそも親からの仕送りはそんなに多くないし、どうせアルバイトをしないといけないのだ。しかしアルバイトばかりになってしまっては自分の時間を作ることが出来ないので、それはそれで困る。出来る限り時給の高いバイトを探したが、怪しい店で働くか、家庭教師や塾講師を捜すか・・・前者はヤバそうだし、後者はそんな頭がない。この大学だってやっとのことで入れた俺のような奴が、一流大学受験しようなんて奴を教えられるわけがない。逆に教えられるのが関の山だ。
話がそれたが、そんなこんなでバイトを探している最中に、この時間銀行のサービスを知ったわけだ。時間あたりの稼ぎがいいので、もう既に一年半も利用している。そして溜まった金は株に投資して、少しずつ増やすことにしていた。
え?仕事もせずに金を手に入れるのは問題?労働の喜びだって?心配なく。実際に俺の提供する時間を使って仕事をしている人がいる。実は感謝のメールも届いているのだ。時間銀行の良いところは、時間を売った人の所に、時間を買った人から「何に使ったのか」などの情報が入る点である。俺の提供した時間は、これまで人気ソフトのキャラクターデザインに使われたり、有名ワープロソフトの開発時間に割り当てられたりしている。お礼のメールも次々やってくるし、そうまでして出来た製品であれば、どんなものであるかも興味がわくし、実際いくつかの製品は購入もしている。かくいう、今使っている携帯電話も、その開発時間の一部は俺が提供したものだ。だいたい俺が手伝っても余計に時間がかかるだけだ。プロの人が作った方が早く、いい物が出来るに決まっている。そんなプロに時間を提供しているのだ。
とはいえ、そろそろこのサービスを利用するのも考え直さないと行けなくなりつつある。最近聞いた話だが、このサービスをよく利用している先輩は、いくら就職活動であちこちの企業をまわっても、内定が一つも出ないらしい。景気もずいぶん回復しているので、昔ほど就職は買い手市場な訳ではない。にもかかわらず、企業から断られる同様の人がかなりの数いるらしい。
企業が言っているのはつまりこうだ。
「大学生の間に何も身に付いていない。」
確かに言われてみればそうだ。趣味に打ち込み、特殊な技能を身につけたわけでなし、資格試験を受けまくったわけでなし、バイトで得るモノがあったわけでなし・・・。
しかし俺もあと一年。たった一年で何か身に付くだろうか?俺からのアドバイスだが、ちゃんと就職しようと思うなら、決して俺の真似をしてはいけない。タイムバンクから時間を買おうにも、それには今まで受け取った以上の金がかかるのだから・・・。まったく、世の中は上手くできている。
 

パソコン

 遂に会社からパソコンを渡された。銀色をしたA4の紙くらいの大きさで、厚みは三から四センチメートルと言ったところか。詳しい人間なら「A4型ノートパソコン」で通じるらしい。会社の若い奴に訊いたら
「液晶ディスプレイが目に優しい」
とか
「場所をとらない」
とかなんとか・・・いろいろ訳のわからん用語を並べ立てられた。まぁ、最近人気の機種らしい。
そういうわけで、
「取りあえず電子メールだけでも読めるようになれ」
とか会社の上司からは言われたが、なにをどうやって良いのかがさっぱりわからない。一応「コンセントの差し込み方」や「スイッチの入れ方」から懇切丁寧に書かれた、システム管理部作成のマニュアルと首っ引きになりながら、何とか動かし始めた。のだが・・・
「えーと、ここでパスワードを入れて・・・次にメールソフトを立ち上げると・・・。ん?パスワードは名前や誕生日は入れるな?うーん・・・ま、取りあえず名前でいいや、名前で。面倒だし。で、次はメールソフトか。ん?メールソフトってどれだ?アイコンをダブルクリック?なんじゃ?この『アイコン』ってのは?」
しかしなんだな。このマウスって奴はなんでこんなに扱いにくいんだ?手首が疲れてきた。クリックとか言う動作をさせられている指も攣りそうだし。しばしマウスから手を離し、右手をぶらぶらさせる。若い奴らはこんな事をしてないのになぁ・・・何か手首が疲れないコツがあるんだろうか?明日にでも訊いてみよう。
「なになに、『アイコンとは絵文字のことである』?ああ、このマークみたいなやつか。ダブルクリックってのは、このボタンを二回押すことね。」
マウスとかいうやつの左側のボタンを二回、そっと押してみる。反応がない。もっと強く押さなければいけないのかな?と思いつつ、もう一回、今度はちょっと強めに押してみる。しかし変化がない。
「動かないじゃないか。ん?もっと速く押さないとダメなのか?『素早く』とあるな。じゃあ、こうだ!」
今度は強めに、しかも素早く押してみる。するとパソコンの中から何やら「カラカラ」という音がして、画面が切り替わった。
「なるほど。これで動くのか。」
専門用語の羅列してあるマニュアルを読め、と言われても、こちとら携帯電話の使い方もよく分からないし、それよりビデオの予約も出来ないのだ。そういう人間に
「はい、これが詳しくやさしく書いたマニュアルです」
とか言ってダブルクリックだのデスクトップだの書かれたものを渡されたって、理解できるわけがないではないか!書斎に引きこもり、他の家族をシャットアウトしてから箱を開け、パソコンをいじり始めてから四時間と二十三分。私の不満はついに爆発した。
「だいたい何だ、この横文字の羅列は!日本人なら日本語を使え!」
とりあえず罵詈雑言と放送禁止用語や差別用語、神を冒涜する言葉などを十分ほども吐き出す。
「しかしまいったなぁ・・・こんな調子じゃ、俺はクビだよ。でも若い奴に訊くのもしゃくだしなぁ・・・あの『なーんだ、おじさん、こんなこともわからないの?』っていう目が気にいらん!でも何とかしないと・・・・そうだ!」
一ヶ月後、私はシステム管理部に転籍していた。しかもみんなが私に質問をしてくる。それに自慢げに答えることがどれだけ素晴らしいか!さらには元の職場の上司までもが私を賞賛してくれている。
え?一体何をしたかって?別に特別なことは何もしていない。やったことは、とりあえず使えるようになったワープロを使い
「誰にでもわかるパソコン・マニュアル作成に関する方法」
と題する企画書を書き、「ダブルクリック」を「二回押す」などと書き換えたページサンプルと一緒に上司に提出しただけである。
これが社内で大好評。今ではおじさん族の味方、救世主として私の書いたマニュアルは大ヒットしている。出版社からも「是非出版を」と言われているらしい。
え?私自身は使えるようになったのかって?まぁ、ぼちぼちだな。何しろわからなければ、マニュアル作成用に若い奴が手取り足取り、わかりやすく教えてくれるんだから。使うべきは頭だな。
 

通勤電車にて

 私はサラリーマン。四十二才、妻子持ち。毎日一時間五十分かけて電車を二つ乗り継ぎ、出勤している。当然朝はものすごく混む。満員電車というやつだ。今日はそんな私の通勤風景をお届けしよう。
ホームに電車が入ってくる。一本やり過ごしているので私は列の一番先頭に立っている。そのため私は確実に乗れるが、後ろの方に並んでいる確実ではない人々に押されて、だんだん前へと押しやられる。それを何とかくい止めていると、ようやく電車は所定位置に止まり、扉を開けた。今日も戦いの始まりだ。
降りる人は少ない。今日も場所が少ないことにがっかりしながら、取りあえず乗り込む。イテテテ、後ろからそんなにギューギュー押すな。おい、そこの若いの。リュックは背負うな、手に持て。痛いじゃないか。あ、くそ、今日はおばさんか。昨日は若い女性が前にいて、結構「ラッキー」とか思ったのに。おばさん、化粧濃いよ。香水の匂いでむせそう。何でそんなにきついのをつけるんだ?
そう思っているうちに電車は扉を閉め、やがてゆっくりと動き出す。ようやく車内も落ち着きを取り戻す。しかし何だな、あのウォークマンは何とかならないのかね。シャカシャカ音が漏れててうるさいったらありゃしない。何で誰も注意しないんだ?それに電車が揺れるたびに押しつけられるリュックも何とかして欲しいもんだ。
お?どこかで電話が鳴ってる。あ、あそこの若い女の子か。おいおい、この混雑の中だぞ。友達とだらだら喋る電話なんか切れよ。しかも大きな声で喋りやがって。周りの人も迷惑してるじゃないか。あ、今度はあっちでどっかのサラリーマンが・・・あいつは営業か。こんなところで挨拶まわりみたいな電話はやめろって。そこで頭下げてもわかんないってば。
はー、やれやれ。そろそろ次の駅だな。そこで電話も終わるだろう。お、減速が始まった。こらこら、ちょっとは耐えろよ、そこの人。このままだと俺が倒れるだろ。イテテテ・・・こらえろって!ふぅ、何とか保ったかな?あらあらあら?鞄が持って行かれる。引っ張り寄せないと。おいおい右腕だけがあさっての方向だよ。アイタタタ。そんなにギューギュー押されたって、もう乗れないよ。ほら駅員も言ってるだろ。それよりこの体勢を何とかしないと次の駅まで片足で踏ん張るのは無理だぞ。
あーあ、結局そのままになっちゃたよ。はやく次の駅に着かないかなぁ。だんだん右足が震えてきたよ。何とか左足にチェンジできないかなぁ。だめだ、鞄があっちに行ったままでビクともしない。
次の駅に着いた!ここで大勢降りるはずだが、この体勢のままだと今日もやばいぞ。おいおいおい、俺は降りないんだってば。そんなに押すなよ鞄が・・・あ、足が電車とホームの間に落ちる!こら、俺は電車に残るんだって言ってるだろ。そっちは改札へ向かう階段じゃないか。冗談じゃない。おれはあの電車に乗るんだ。まだまだ先の駅まで行かなきゃいけないんだ。おい、人の話を聞けよ!お前らそんなに雑然と改札に向かうと・・・ほら、あそこにも困ってる人がいるじゃないか。だーかーらー、俺は電車に、あ、発車のベルが鳴ってる。頼む、電車に乗らせてくれ!これに乗らないと遅刻するんだって!あ、すみません。違います!痴漢じゃないです!あの電車に乗らないと遅刻するんです!お願い、放して。うわ、こんな時だけ協調するな。うわ、なんか球団優勝じゃあるまいし、そんな、鉄道警察まで胴上げ状態ですか?ああ、これはこれで気持ちいいもんですねぇ・・・なんて言ってる場合じゃない!だから違うんですって、勘違いなんですって!

 今日も遅刻した。会社で怒鳴られるのはいつものことだ。なんで一時間で通勤できる距離なのに二時間近くかかるかって?そんなの毎日鉄道警察まで胴上げされてたら仕方ないじゃないですか。要領が悪いって?そう言われても・・・大体みんなはどうしてあんなにすいすいと満員電車の中を行き来できるんです?慣れ?コツ?他人を気にするな、ですって?私は他人の行動を気にするから嫌がらせを受けるんですか?でもあれはみんな困ってるじゃないですか。え、困ってる奴は嫌がらせを受け、無関心な人はそのまま素通り?そんなの狂ってますよ!え、狂ってるのは私?
明日から来なくていいって、クビですか?一体私がどんな悪いことをしたと・・・は?パソコンを使って在宅勤務?すると私の日常はどこへ行っちゃうんですか?え?通勤電車のない、家から一歩も出ない新しい日常が始まるですって?それもちょっと・・・何とかなりませんか?ねぇ、部長、部長ってば!
 

タバコ

目が覚めると、そこは異世界だった。別に望んだわけではないが、その世界ではタバコを吸う者が一人もいなかった。

 

最初に異変に気がついたのは、通勤のバスを待つ列でだった。タバコを吸い始めると同時に、周りにいる人々が異様な目で俺を見ているのだ。中には昨日まで吸っていた黒縁眼鏡のおっさんまでいた。
(何が珍しいんだろう?)
そのうちバスがやってきたので、タバコを足下に捨て、足で揉み消す。周りの人々の視線が痛い。
異様さは会社に着くとさらに大きくなった。机の上にあったはずの灰皿が消えているのだ。毎日二箱は消費する俺の机には、専用の大きいな灰皿を置いてあったはずなのだが・・・。
「なぁ君、俺の灰皿知らない?」
と向かいに座っている女の子に話しかけたが、「灰皿って何ですか?」
という返事が返ってきただけだった。てっきりふざけているものだと思い、
「ほら、俺ってヘビースモーカーだろ。タバコを吸わないと調子悪いんだよ。」
「タバコって何ですか?」
その頃には周りに課員がだんだん集まってきていた。俺はからかわれているんだと思い、タバコの効用-気分が良くなるとか、血圧が下がるとか-を話した。
埒があかないので、実演しようと一本取りだし、火をつけた途端、周りにいた全員が煙たそうに咳を始め、課長は「火事だ、火を消せ」と騒ぎ出す始末。
挙げ句の果てには消防車、パトカーまで現れ、警察で事情徴収を受けることになってしまった。刑事は鑑識からのレポートを見ながらこう言った。
「つまり何だね。君はこの極めて発癌性の高い煙を常習的に吸っていると。」
「あの、吸う人はフィルターを通して害のない程度に減らしてるはずなんですけど・・・」
「いや、明らかに害になっている。しかも周囲にはフィルターを通すよりも六倍多く発ガン物質が放出されている。長年かけて相手を病死に見せようという魂胆かね?」
「だからそんなんじゃないですって。あれを吸うと気持ちが落ち着くんです。」
「毎日吸っていると言っていたね。常習性のある新種の麻薬でもあるわけだ。」
刑事はどう言ってもわかってくれなかった。 その晩は留置所に泊まることになった。何がどうなったのかさっぱりわからなかったが、無性に泣けてきた。堅いベッドはそんな気持ちを増幅するのに役立っていた。
翌日、午前中に取り調べの続きを受けた後、会社から課長が面接にきた。どうやら俺は懲戒免職になったらしい。
(たかがタバコを吸ったぐらいで・・・)
そう思いもしたが、警察の取り調べで疲れ切っていた俺の心は、以外とすんなりその言葉を受け入れた。もうどうにでもなれというのが本音だったが、この状況を脱出できるのならタバコをやめてもいいとすら思った。

「ご気分はいかがですか?」
目を覚ました医者が俺に尋ねてきた。
「まぁまぁです。でもあれだけタバコの害を並べ立てられるとちょっと辟易しますね。」
「学習用のプログラムですからね。子どもの教育とヘビースモーカーの更正を兼ねてますから、ちょっときつめの演出になってます。」
「まぁ、あんなもんだろ。アメリカでは社長がタバコを吸う会社とは取引をしないという実例も増えているようですからね。社会的リスクを覚悟してもらうにはいいんじゃないですか?」
そう、これは催眠誘導装置によるタバコ教育プログラム。どうしてもタバコをやめられない人へのサービスとしての、我が社の社内ベンチャープログラムだ。
「さて、もう一本ありますけど、こちらも見ます?」
「ああ、お願いしよう。」
俺は再びベッドに横たわった。

目が覚めると、そこは異世界だった。別に望んだわけではないが、その世界ではタバコを吸わない者が一人もいなかった。
空気はもうもうと立ち上る煙で白く濁り、人の多いところでは霧がかかったようになっている。体質的にタバコを吸えない俺としては苦痛の極みなのだが、こればかりはどうしようもない。
街頭テレビが煙の向こうで喋っていた。
「このままタバコを吸い続けると人間の寿命が縮むだけではなく、大気の温暖化によって気候変動をも引き起こす可能性が・・・」
 

夜に輝く

 星の綺麗な夜。僕は毎日外へ出て、ビルの谷間からかすかに見える天の川を見るのが好きだ。でも父さんから聞いた話だと、昔は都市では星なんか見えないくらい街灯がまぶしかったらしい。今はところどころにポツンと申し訳程度にしか街灯のあかりはない。何でこんな事になったかって?父さんから聞いた話によるとね・・・

 ある時女性に奇抜なファッションが流行り始めた。まず「茶髪」。髪を茶色に染めるんだ。なんでそんなことをするかって?印象が明るくなるっていう話だったけど、芸能人のマネをしただけじゃないかな?
そして「ガングロ」。顔を真っ黒に塗って、白や青のアイシャドウや口紅を塗るんだ。それもなんでかって?そんなのわからないよ。女性の心理は謎に満ちているからねえ。
そして遂にあのファッションが登場したんだ。そう、蛍光や夜光顔料を使った化粧品たちさ。
「それを使えばあなたは光り輝いて見えます」
って訳さ。駄洒落みたいだけど、みんなその当時は真面目だったらしい。その証拠に世界中の有名な化粧品メーカーがこぞって類似商品を作っていたそうだから。
まず最初に登場したのがアイシャドウと口紅。暗いところ、特にダンスホールやディスコみたいな照明の暗い所では結構目立つから、そういうところに出入りする女性の必須アイテムになった。次にファウンデーション。こっちは口紅なんかとは違って、わずかに発光するだけのもの。だって顔全体が光っちゃったら口紅やアイシャドウが目立たないだろ?これらを併用するとぼうっと白く光った顔とはっきり自己主張する唇と目が印象的に対比できるって訳さ。
このファッションはどういうわけだか受けた。母さんから聞いた話だと、昼間は普通だけど、夜になるとうっすら白く光るので、肌がきれいに見え、若く見られたからだって。だからあんまり化粧に興味関心のない普通の女性でも、「一度使ってみよう」という気になり、あちらこちらで大流行したんだそうだ。
するとちょっとでも他人と違うことをアピールしたくなるのが人情ってもんだろ。特に最初から使っていた人たちはそう思ったみたいだ。ファウンデーションを全身に使う人が出てきたりした時には、これが商売になると感じた石鹸やシャンプーのメーカーがこの分野に参入した。「お風呂上がりから輝いて見えます」がキャッチフレーズだったんだそうだ。
でもだんだんと問題も増えてきた。まぁ蛍光や夜光の顔料が環境に優しくないとかいうのは序の口だったらしいね。何よりも問題だったのは、これらの化粧品は「暗いところ」でないと本来の効力を発揮しないこと。今なんかと違って当時はあちこちに街灯が光っていて、世の女性のファッション心を台無しにしていたんだ。彼女たちは少しでも目立つために都市の中でも暗いところを探し始めた。またちょっと都心を離れた街灯の少ないところにも進出し始めた。自分たちをより美しく見せるために。
ところが、暗いところに光っているもんだから、路上強盗の標的になり始めた。またそれとは知らずに歩いていた老人が、ぼぅっと光る姿を幽霊と勘違いし、心臓発作を起こして死亡するという痛ましい事件も頻発するようになった。
ここに至ってメーカーも自主規制を始めたけど、海賊版が横行するだけだった。政府も禁止を検討し始めたが、法的に禁止するのは難しかったので、街灯の数を増やすことで対応した。そして熾烈な戦いが始まった。どんどん暗いところを求める若者、そしてどんどん増える街灯。一部の若者は街灯を片っ端から壊し始めたが、これには警察が対応した。相当狂乱状態だったみたいだね。
天文学者を中心とする一部の人々が街灯を増やしすぎる事に反対したにも関わらず、やがて世界中どこもかしこも光であふれるようになった。
そして破局はあっさりと訪れた。エネルギーの供給が追いつかなくなり、全世界的な停電が襲ったのだ。しかし若者も勝利者にはならなかった。何故なら化粧品を製造する工場も止まってしまい、製品が手に入らなくなったから。

 でもあれで良かったのだと僕は思う。随分長い間混乱が続いたらしいけど、その間に光に埋もれて忘れていたものをみんなが取り戻せたのだから。この星の美しさを初めとする自然の素晴らしさ、そして女性も飾り立てるだけが本当に自分を主張したり、光り輝くのではないことを知ってくれたのだから。
 

携帯電話

 ま、また聞こえる。あの携帯電話の音が・・・だ、誰か頼む。あれを止めてくれ!

 発端は些細なことだった。そう、携帯電話を購入してから一週間ほどもした頃であったろうか。ちょうど携帯電話も手に馴染んできて、
「これで俺もモバイル族の仲間入り、時代の最先端に躍り出たんだ!」
などと、男四十五才にして初めて持った携帯電話に有頂天になっていた頃だった。
「もしもし。あ、俺だけど、・・・」
「は?私は山ノ上ですが・・・おかけ間違いじゃありませんか?」
ガチャ!ツーツーツー・・・
夜中に間違い電話がかかってき始めたのだ。若者は得てして夜中に電話を掛けると知っていたが、「間違えました」ぐらいは普通言うだろ!と怒りながら毎度毎度寝床に戻る生活が続いた。もちろん中には礼儀正しく謝ってから切る者もいたので、たまにはおおらかな気持ちで眠れたのだが・・・
しかしそれだけでは済まなくなってきた。私が携帯電話を持ったことを嗅ぎつけた上司が電話を掛けてき始めた。次いで取引先からの電話が入り始めた。
「俺もそれだけモバイル族として認知され始めたのかな?」
と喜んだのもつかの間、電話の件数はどんどんとエスカレートし、会社にいようが電車の中だろうが、家でテレビを見ている最中だろうが、四六時中掛かってくるようになった。
さすがに鬱陶しくなってきたので、電車の中では留守電モードにし、取りあえず何かあったときにはメールを打つだけで対応するようにした。若者や周りの同世代が車内であるにもかかわらず大きな声でしゃべりまくっているのを苦々しく思っていたので、自分はマナーを心得ているのが確認できて良かった。
同様に夜中は電源を切る様にし、これで「またかよ」と物語っていた家族の顔も和らぐと思っていた。事実これが成功していればそうなるはずだったのだが・・・。

 ある時うちの部下がへまをした。その話は私が休みの時に発覚し、早速自宅へ電話を掛けてきた。いや、掛けたらしいのだが、私は運悪く留守だった。さらに悪いことに外出先に携帯は持って行っていたものの、携帯の電源を切っていて全く連絡が付かなかった。そのため、私を抜きにしてクレーム処理を続けざるを得ず、処理に手間取っているうちに客先から取引中止を勧告されたらしい。それを知ったのは翌日出勤したときだった。
断っておくが、この件に対して私は何も悪くはなかったのだ。しかも以前であれば携帯なんか持っていないのが当たり前だったのだから、社内の処理体制もそれを前提にしていたのに、今やいつでも連絡が付くのが当たり前みたいになってしまい、連絡の付くようにしていない方が悪い、というような雰囲気が漂いつつある。
それがあって以来、電源を切ることが出来なくなってしまった。いや、実際に切ってしまってもいいのだが、周りの雰囲気がそれを許してくれないのだ。
そしてさらに悪いことには、土日、夜中を問わず、重要な用件のみならず、ほんの些細な用件でも電話が掛かってき始めた。
「明日十時から会議だから」
という電話を夜中の三時に受けたときには、
「そんなの明日の朝言えばいいだろ!」
と怒鳴りかけてしまった。若しくはメールを出しておいてもらえればわかるじゃないか。
家族のだんだん反応も冷ややかになってきた。最初は
「うちのお父さんもやれば出来るのねぇ」
という目で見ていた妻も、今では
「電源切っときなさいよ。こううるさいんじゃ眠れやしないわ!」
と愚痴を言い出す始末。いきおい
「最近の若者はマナーがなってない!」
などと、世の年寄りが若者を評する言葉を紡ぎ出すだけ。だんだん自分が貧相になってくる気がしてしまう。
この精神的な影響は会社での仕事ぶりにも影響した。夜中に眠れないものだから寝不足でカリカリする。些細なことでも怒鳴ってしまう。精神的にしんどくなってきたある時、上司からも
「しばらく休んだら?」
と言われたが、休んでいても電話だけは掛かってくる。それがさらにストレスになる・・・・・。

 ほ、ほら、ま、まだ鳴っている。あの携帯電話の音が・・・だ、誰か頼む。頼むからあれを止めてくれ!
 

ある条件

これはそれほど近くも遠くもない未来の物語である。ただし、れっきとしたフィクションであり、現存する人物、組織、団体、宗教、国家、社会、学問体系(特に遺伝子工学、機械工学、医学)及び小説・マンガ(特にサイバーパンク系)その他もろもろとは一切関係ない事をまず明言しておく。ではごゆっくりお読み下さい。

街路樹の 灯火くもらす 北の風
                                                 霧亜

「どうかね、名句だろう。」
「ええ、ええ、霧亜様。これにはかの一茶でもかないますまい。」
側にいた者がおべんちゃらを言うのを、男は満面に笑みをたたえて聞いていた。彼は『霧亜』と呼ばれた男の自称『一番弟子』である。もっともおべんちゃらを言われた霧亜氏にとっても、この句は改心の出来であったのであろう。その証拠に彼の顔に浮かんだ笑みは少々だらしのないものであった。
「うむ、この句をな、今度の国際文化祭の俳諧部門に出品しようと思っておるのだ。何とかして入賞したいからな。」
「何をおっしゃいますやら。この句ならば、世界を制したも同然ですよ。」
霧亜氏はさらなるおべんちゃらに気を良くして、
「よし、では今から文化省に行くぞ。今度の文化祭は全国から参加者を募っておる。もしこれで第一席に入賞出来れば、私はこの国で、いや世界で一番の俳人として認められるだろう。」
と言い放った。ちなみにこの言葉のおかげで、おべんちゃら男は、霧亜氏が入賞した暁には『自称』ではなく、師匠公認の一番弟子となる事になるであろう。
霧亜氏は人間そっくりの外見を持つ執事ロボットに手伝ってもらいながら、焦げ茶のスーツに袖を通し、ネクタイを締める。少々派手なピンクと碧のスプライトは今年の流行の柄だ。そして一通り準備が整うと、執事ロボットに命じてブランド品の交換オイルドリンクを持ってこさせ、グラスにそそがせて、出かける前の景気付けにと一気に飲み干した。
「ではいざ行かん、文化省へ。」

「何故出品できないんだ?」
彼らが文化省内に設けられた文化祭作品受付所へ行くと、先着の男が係員ともめていた。
もめている男は中肉中背の体に紺のダブルの背広を着込み、髪もきちんとオールバックにあげ、全身から
「儂は別に怪しい者ではない!」
というオーラみたいなものを発していた。
「知らないんですか?この作品展には人権を持っている人しか出品できない、という決まりがあるんです。」
と係員は、うんざりした表情で尊大に言い放った。
「見たところその有機ボディ、あなたはロボットだ。高級かなんかは知りませんがね、半人権を法律で認められているとはいえ、この文化祭ではおよびじゃないんですよ。」
その言葉と同時に、言われた男の顔が怒りで真っ赤になり、次の瞬間溜まっていたものが口をはけ口として、一気に吹きだした。
「失礼な!」
男が叫んだ。
「こ、この私に向かって、よりにもよってロボットだと?き、きさまは第十五代目日崎霞の名を知らんのか、この無礼者!」
言われた係員は、この罵声でついに事の真相を理解したらしい。
(この文化祭に参加するのは機械ボディの市民だけ)
と思っていたのが、裏目に出てしまったようだった。もし有機ボディなら顔が真っ青になっているであろう態度で、平謝りに謝っているところへ、事態の報告を受けたらしい直属の上司まで現れて、大騒ぎになってしまった。が、日崎霞と名乗った男の方もそれである程度機嫌を直すくらいは満足したらしく、苦い顔をしたままではあったが、作品を出品して、大股で去っていった。
「先程の男が日崎霞だったんですねぇ。私は初めて見ましたよ。」
「ああ、生身の有機ボディが最も美しいなどというつまらん迷信をいだいとる貧乏人じゃ。どうせおおかた手術の金がないのを胡麻化す理由にでもしとるんだろうよ。」
執事ロボットの言葉に、霧亜氏はそう答えた。
「人間は過去、自分を美しく見せるために、化粧だの、整形だのをやってきたが、そんなもんには限界がある。生来の身体だけは、どうしようもなかった。それがだ、この機械ボディのおかげで自分の好みに合わせた身体にまさしく自分自身をドレスアップ出来るようになった。奴や、その他の有機ボディ信者にはその素晴らしさがわからんのさ。」

「ねぇ、旦那様。我々ロボットと人間の違いってなんなんでしょうかね?」
「何だ、いきなり。」
「いえ、人間の側でも機械ボディの人と、有機ボディの人がいて、我々ロボットの中にも機械ボディと有機ボディの2つのモデルがありますよね。だから日崎霞のような方は人間かロボットかが見分けてもらえなかったんでしょう?」
「う、ま、まあそうだな。」
「一体どこで見分けるんでしょう?」
「そんな事聞かれても儂にはわからんよ、技術者じゃないんだから。そうだな、メンテナンスと合わせて、聞いてきたらどうだ。」
「ええ、そうしてみます。」
それを聞いて霧亜氏は
(こいつもついに買い替えの時期かな)
と考えた。

「私はね、そりゃ人間に奉仕するために作られたロボットだよ。それも最高級品としての有機ボディを与えられたね。」
執事ロボットは「ふう」とため息をついた。
「でももう嫌気が差したんだ。」
人生に疲れた、もしロボットにそんな感覚があるのであればだが、ちょうどそんな感じだった。現在で言うと中年のサラリーマン、典型的な中間管理職といった感じだ。執事ロボットはさらに続けた。
「大体、人間とロボットの差っていうのは何なんです?ボディですか?そんなものは今の技術があれば、人工的に有機物で臓器を造る事なんて造作もない事でしょ。私らの身体がそうなんだから。なんなら遺伝情報まで見せてやれるくらいだ。」
その様子を横目にしていたメンテナンスロボットは、通信ディスプレイの中に
『廃棄処分』
の文字を見つけた。
「まあ確かにね。近年では、人間の方は生まれて来たときだけが有機ボディ、だと言っても不思議じゃない状況だもんね。」
メンテナンス・ロボットは無表情な顔で(もっとも人造皮膚でもなんでもないから、表情なんてそもそもないが)事務的に受け答えをした。彼が行った受け答えは、患者(ロボット)の詳細なメンテナンスデータとなる。それをデータバンクの中に発見したが、執事ロボットにとってはそんな事はもうどうでもいい事だった。
「私はね、もう疲れたんですよ。」
メンテナンスロボットは通信ディスプレイの指示に従って、執事ロボットのメインスイッチを切り、速やかに廃棄処分にした。

同じ頃、もめにもめた文化省でも、国際文化祭企画部部長が、反省会中に部下と共に頭を抱えていた。
「報告します。本日の半人権所持ロボットによる不法出品未遂は十五件。人権所持者に不快な思いをさせたのが一件。以上です。」
報告を受けた一同は、一様に暗い顔をした。
「日崎さんもいい加減機械ボディに代えればいいのに。有機ボディなんてメンテナンスも大変だし、すぐ壊れるし、厄介なだけなのに・・・」
今日受付担当者と一緒にさんざん怒られた部長は、そうボヤいた。おそらく怒られるきっかけとなった張本人も同じ気持ちであったろう。彼は部長から少し離れた場所に座っていて、上司とは少し違って、ふてくされていた。
「しかしそうとばっかりも言ってられませんよ。何しろ機械ボディが普及しだしてからというもの、以前のように金持ちだけでなく、貧しい市民も有機ボディを捨ててきてますし、さらに金持ちでも有機ボディを捨てない者も出てきてますからね。早く何らかの対策を立てないと。聞いた話では市役所の住民登録や証明書の発行やってる所なんて、毎日数十件はこんなもめ事が起こってるらしいですから。」
今日は電話の応対で忙しく、何とか難を逃れた者がそう提案した。もっとも、聞いていた部長の心中は、
(そんな内容の提案ならロボットでも出来る!)
と、手厳しいものであったが、それは実際に問題が生じてしまったその場所に居合わせた者との違いから生じているので、仕方がないと言えば仕方のない事である。
「そもそも人間とロボットの違いってのは、有機物で出来てるか、無機物で出来てるか、だったよな。」
部の一人が言った。
「まあ本来はそうでしたが・・・」
何を昔の話を持ち出すんだ?とでも言いたげに、別の者が応じた。
「それがどうだ。最初は臓器移植に使われたクローニング技術が進歩したおかげで、高級なロボットには人間と同じ有機ボディが使われた。がだ!有機ボディはさっきも言ったように壊れ易い。メンテナンスも大変だ。だから機械ボディに代えるのが流行った。」
「おかげで今は人間の方が機械ボディで、ロボットの方が有機ボディときたもんだ。」
「みんながみんな機械ボディにしちゃえば問題なかったのになぁ・・・」
一人一人が思った事をどんどんと口に出し始めた。この手の会議にしては異例なのは、本来なら進行係を務め、議事に関係ない発言を打ち切るべき部長自身が、この会話に加わっている事であろう。おそらく彼も何らかの有効な対策を考えるために、何か喋り続けて、その中から解答を得ようとしているのだろう。
「そう、だから今日みたいな問題が出てくる。今までは機械ボディにしてないのは人間とロボットの差とは一体なんだ?」
「いや、だからそれがややこしいから、去年『ロボット半人権法』なんてもんが出来たんでしょ?」
「いや、あれのおかげで余計ややこしくなったよ。やれやれ、『ロボット3原則』だけで済んだ昔が懐かしいね。」
「確か、有機ボディは最初は移植しても拒否反応を起こさない人工臓器から出発しましたもんねぇ。」
「それが今や有機ボディロボット全盛時代か。で、結局人間とロボットの差ってなんなんです?」
「ボディの差にしたいけど、機械ボディも有機ボディもすぐに複製がきくからなぁ。」
「脳かなぁ?確かにこれだったら難しいけど。いや、以前は難しかったと言うべきだな。今じゃ遺伝情報を基にして、造る事が可能だもんな。しかもコンピュ-タ-を使って短期で”皺”を付けることだって出来る。それも何才のものでも。」
「ええ、近年の研究では、人間の持っているオリジナルよりももっと効率の良いものがありますからね。そんなロボットも既に現役にいますよ。」
部長は頭を掻いた。
「つまりだ、今の技術があれば、文字通り人間を造る事が可能なわけだ。問題は、多くの人間は機械ボディにしているのに、有機ボディ派は自分が生身の人間である事にこだわり、ロボットと同じ外見でいる。ここだ!」
断言した。きっぱりと。諸悪の根元見つけたり!そういう感じだったが、部下の一人はさらにつけ加えた。
「しかもロボットのくせに俳句詠む奴が出てきたんですもんね。いっそのこと出品を認めたらどうなんです?」
「それは出きん!そもそもこの国際文化祭は由緒正しい祭典だ。ロボットごときに参加を認める訳にはいかん!」
「じゃあ聞きますけどね、」
部下たちの方にもさっきの
『ロボット参加派』
にくみする者が何人か現れ、反論した。
「一体我々と奴らと、どこが違うというんです?」
「そうですよ。例えばこの句なんて、そんじょそこらの人間が詠んだものより巧いんですよ。」
部長を始めとする保守(反対)派は、「うっ」と声を詰まらせた。その事は当然ながら知っていたのだ。参加派の者はさらに畳み掛けた。
「大体ね、最近流行の機械ボディになってから、俳人の質が落ちましたよ。私はもう二十年もこういう仕事に携わって来ましたけどね、はっきし言って最近の俳句はカスです!」
「いやそこまで言わなくても・・・」
周りの者が何とか過激な発言を抑えようとしたが、彼の勢いは全く止まらなかった。
「いいえ、言わせてもらいます。どうも機械ボディに皆がなってからというもの、感覚的な部分がかなり弱まっているような気がしてなりません。それがもろに俳句などの分野に現れてるんですよ。」
「そういや、最近の面白い句はみんな従来の有機ボディの人ばっかしだもんな。」
「そうですよ、デジタル信号にして、周囲のものを認識するようになって、感覚が大ざっぱになってしまったんじゃないのかなぁ。」
討論は際限なく続いた。それに皆が疲れはてた頃、部長が一息つこう、と言い出した。
「ふう、やれやれ・・・」
部長、その他の一同はほぼ同時にため息をついた。
「で、一体我々と奴らと、どこが違うというんです?」
新型ロボットの開発スタッフ一同か、または生体研究者がここにいれば何らかの回答を得る事が出来たかも知れないが、現在この部屋にいるのはただの事務屋に過ぎない。当然満足のいく回答が得られるはずはないのだが、そう言わずにはいられなかった。
結局この日は、
「明日からは出品受付に際しては、身分証明書の提示を求める事。」
という無難な結論だけを確認して終了した。
「子孫を残すかどうか、ですかね。」
と誰かが言ったのは、会議も終わりに近づいた、もはや誰も聞いていない時だった。

さて、こうして誰もが人間とロボットとの区別を付けられなくなったとき、我々は何をもって判別を付ければ良いのだろう?勿論生物の条件は、「生殖機能を持ち、種を保存する」事であるから、文化省の誰ぞが言った事は正しいのだが、実はこの後生殖機能を複製する事が可能となり、また人間は機械ボディ化によって、出生率はほとんどなくなってしまう。まさしく時代は混沌へと突き進んでいた。

生身であることをやめ、身体を機械化した人間と、高級指向のため有機物で身体を構成され、人間と同じ機能を持つに至ったロボット。果たしてどちらがより人間らしいのやら・・・
 

色彩

 「あら?」
それはキンモクセイの香りのする、とある秋の土曜日の朝の事でした。いつものように北海道バターと好物のブルーベリージャムを塗った6枚切りの食パンをかじっていた私の目の前、そう、距離にすればほんの二、三十センチ前に飾ってある、確か今年の九月の終わりに、「部屋の雰囲気を変えようかしらん」と思って買ってきた観用植物。なんていう名前だったかは思い出せないんだけど、結構高かったその葉が斑入りになっていました。つまり緑の葉っぱのところどころが白くなっているわけ。私は不思議に思い、首をかしげましたが、大学で講義もありますし、あまり気にせず、「帰ってから考えよう」程度に思って、準備もそこそこに家を飛び出しました。あ、もちろん鍵はしっかりとかけましたけどね。
エレベーターに乗って一階めで降りると、隣の部屋に住むおばさんと、反対側に2つ隔てた部屋の若奥さんとが、おそらくは子どもを幼稚園に送り出してきた帰りなのでしょうが、立ち話をしていた。
「そうなんですよ、うちの貴志ったらまたジュースをこぼしちゃって・・・・・あの子だけなのかしら?」
「いいえ、そんな事はありませんわよ。うちももう三人目ですけど、あの子もやっぱり同じ事をしましたもの。ほんっとに行儀が悪くて・・・・・。上の二人もそうだったけど、子どもっていうのはどうしてああなんでしょうねぇ。」
(あなたも含め、みんなそうよ)
そんな他愛のない会話に、心の中で反応しながら、その横をすり抜け、愛用の赤い自転車に乗って、ほんの数分のところにある大学までいったのです。(下宿生は楽ね、程度に思って)

 「あれ、遅かったんじゃない?どうしたのかと思ったよ。」
大学に着いたのは始業のベルがやかましく鳴り響いている真っ最中でした。いつもの如く、教授はきっちり十分遅れて来るようで、まだ木製の教壇上には、その姿はありません。学生の方も慣れたもので、当然それに合わせて登校して来るので、(来る人間は、ですけど)現在百人以上入る広い講義室にいるのは、私といつも早めに来ている友人の景子、その他数人だけで、あとは放課後の様にしーんと静まりかえっています。そうこうしている内に、時間は九時三分、このガランとした雰囲気が人の騒然さに埋め尽くされる五分強。でも何かそこにはいつもと違うものが漂っていました。その原因に最初に気が付いたのは景子でした。
「ねぇ、彩とおんなじマンションに住んでる彼女、今日まだ見ないね。」
そうでした。私と同じマンションの同じ階に住む、早朝組の一人の橘友子という女の子がまだ来ていませんでした。彼女とは近所に住み、同じ大学に通い、いくつか同じ講義を受講し、さらに早朝組である者同士、時々帰り道や買い物を一緒にする事がありました。とは言え、どちらかというと彼女は内気な面が強く、友人はあまり多くない方だと思います。
「ねぇ、そう言えばさぁ、あの娘これが出来たらしいんだけど、知ってる?」
と、景子は左手の小指を立ててみせました。
「何々?景子が騒ぐくらい格好の良い男なわけ?」
「そっ!何とあなたも私も、みぃーんながご執心の和広氏。」
その名を聞いた途端、私の頭にテレビでよく出て来る十トンハンマーでぶん殴られた様な衝撃がはしりました。
「えーっ!彼、友子とつきあってたのぉーっ?!し、知らなかった・・・・・」
「俺がどうしたって?」
突然後ろから湧いて出たこの声の持ち主を求めて、振り返ってみると、誰あろう、当の本人がそこにつっ立っていました。
サッカー部のエース・ストライカー、身長一八四センチ、体重六八キロ、黒髪、黒瞳、書道二段、算盤一級、右肩甲骨の下にカシオペア型の五つのホクロあり、の美形で親切丁寧を絵に描いた様な彼を慕う女の子は数知れず。
「和広君て、この講義取ってたっけ?」
あわてた私と景子はそうハーモニーを奏で(?)てその場を取り繕いました。なんてちんぷんかんぷんな事を言ってしまったんだと、一瞬後悔で頭がわやになりました。どうやら隣の景子も同様だと、顔こそ見えないけど、思いました。が、彼の反応はもっとひどく、私達は冗談で言ったつもりだったのに、真剣に考え込み、あげくの果てに、
「いや、実は取ってたんだけど、出てなかったから・・・どっちでもいいからノート貸してくんない?」
ときたもんでした。あ、あのねぇ・・・・・・あんたには友子がいるんでしょっっっ!とは決して言えないシャイな私でした。
でも景子は違った。そもそも私なんかとは
一 心臓の強さが違う。
二 性格の悪さも違う。
三 頭の悪さも違う。
四 顔の悪さも・・・いてっ!
(うーむ流石は景子、私が何考えてるか見通しているわ)
和広君の方に体を向けたまま私の頭を張り倒した景子に、しきりに感心しながら二人の話を聞いてみると、
「あーら、和広君には”と・も・こ”という素敵な彼女がいるじゃございませんか。私たちの様な顔も性格も悪い者共を相手にしていてはいけませんわ。ね、彩。」
などという事をいけしゃあしゃあとのたまわっている。しかし彼の方もさるもの、ひっかくもの、ちゃんとこの鋭い突っ込みに対して切り返しました。
「いやあ、本当にそうかも知れないね。彼女にもよく言われるんだ、友達を選んで付き合ってねって。」
今度は景子が、開いた口が閉まらない状態に陥った。
(このままいつまでボケとツッコミ合戦が続くのかしら?こんな時に限ってあの教授休講だなんて言いだすんだから・・・)
そう思っていたら、案の定直後に同じ専攻の男の子が講義室の扉をガラリと音をたてて開け、
「休講だぞぉ-っ、休講!おい和広、茶店行こうぜ、茶店。」
とズカズカと入ってきてのたまいました。
「やっぱり・・・・」
思っていた事が的中した私がボソリと独り言を言うと、その言葉を聞きつけた地獄耳の景子が、何やら非難がましい目でこちらを見ているのが目につきました。それを見て
(しまった!)
と思いましたが、最早時既に遅し、彼女の機関銃の様に矢つぎ早に発せられる非難の攻撃に退路を断たれた私の姿を、その時講義室にいた者は見ることが出来たのでした。
「あんたねぇ、休講だってわかってたんなら、何でもっと早くそう言わないのよ!大体ねぇ、あんたってば・・・・・・・・うんぬんかんぬん・・・・・・・・わかる?つまりね、私が言ってるのは決して和広君のことじゃなくて・・・・・・あーたらこーたら・・・・・何と大根一本が何円したと思う?あの値段ったら絶対信じられないわよ。それというのも・・・・」
もう既に当初と大きく論点のずれてしまった彼女の話を馬耳東風にしながら、彼女の話が落ち着くのを待っていると、十分ほども経った頃でしょうか、遂に舌の回転ペースが落ちてきて、ものの数分もしないうちに停止しました。
「あ、あのさぁ、ぜいぜい、普通どっかで止めない?」
「うん、止めない。」
私はそうたった一言だけ言いましたが、さすがに景子のぜいぜいいっている姿を見ると、何か付け足しの言葉でもかけてやろうか、という心境に陥りました。
「だってさ、景子のあれって話の腰を折っちゃうと余計長くなるしさ、大体休講じゃないかなって思ったのも講義前にああいう事がある時はよく休講になるから、『やっぱり』って言っただけで・・・わかる?」
「はいはい、わかったわかった。」
それは何の変哲もない大学の朝(こんな事はよくある事)でした。

 翌日、友子孃はまたお休みでした。二日も連続して、しかも原因もわからず彼女が休むのは、私や景子が知る限りにおいて、これが初めてでした。
そしてその日の昼休み、私と景子は外に食べに行こうとしていた和広君を強引に捕まえ、景子いわく「友子お見舞い大作戦」の相談をしていました。
「ねぇ、彼女今日も来ないみたいね。風邪でもひいたのかな?後でお見舞いでも行こうよ。」
「うん、そうね。じゃあさ、何か買って行った方がいいわね。フルーツだと俗っぽいし、ケーキもなんだしね・・・うーん」
「和広君も当然行くでしょ?(その為に捕まえたんだから)彼女何が好物だっけ?」
「え?今何か言った?」
彼は何やらぼうっとしていたのか、私達の話を聞いていなかったようでした。
「何をぼぉっとしてるの?あなたの彼女でしょ?心配しないの?」
彼は何やら明らかに動揺した仕種を見せ、慌てて取り繕う様に言葉を吐き出し・・・そう、まさにそういう形容がぴったし来るような感じで言いました。
「ああ、あいつね・・・そ、そうそう、実は今実家の方に里帰りしてるんだ。何かあったらしくて・・・はっはっは。」
「何だ、和広君なんだかんだ言っても知ってるんじゃ・・・ちょっと、どうしてそんな事思い出さないのよ!普通そんな事忘れる?」
「ごめんごめん、ちょっとボォッとしててね・・」
そう言って手で頭を掻いて誤魔化そうとしました。それを追求してやろうと思ったのですが、その前に景子がツイと疑問を口に出しました。
「ねぇ、その手どうしたの?包帯なんか巻いちゃってさ。」
その質問に彼の体が一瞬硬直した様に見えたのは私だけだったのでしょうか?それに顔色が真っ青になったような気がしたのも。もしかしたら単なる私の気のせいかも知れませんが。
「あ、ああ、これね。近所の猫に引っ掻かれてね、化膿するとヤバイからこうしてるんだ。どうも猫に嫌われてるみたいだ。」
「あらぁ?友子は大の猫好きよ。そんなことじゃあ嫌われるわよ。」
「いやぁ、実はそれで困ってるんだ。彩ちゃん良い解決方法知らない?」
知るかぁ、そんなもん!要はあんたの問題でしょうが、とは口が裂けても言えませんでしたが、なんぞあったら今度は言うかもしれないなぁとは思いました。
その私の沈黙をどう捕らえたのかは知りませんが、
「まぁいいや。そのうちなんとかなるだろぉーぅうっと。」
そういって席を立ち、折角連れ込んだ食堂から逃げ出してしまいました。後に残された私達2人は、
「何か、やる気なくなったね。」
などともっともらしい理由をつけ、講義を自主休講とし、お茶なんぞを飲んでおりました。
(この状態、コーラだったらまずくて絶対飲めないわね。)
などとぼんやりしていた私は、どこからどう出たのかこう提案しました。
「こんなとこにいたって知れてるし、うちに来る?」
やはり何もやる気が起こっていなかった景子は、一も二もなく賛成したのでした。

 「あれ?」
私の部屋で二人して、途中で買ってきたアップルパイやトルテでお茶にしていた私の頭の中に先程の和広君の話が思い出され、その一部がクエスチョンマークの大群となって、私の思考回路(そんな上等なものかどうかは知らないが)をうめつくしました。
「どしたの?」
そう尋ねた景子に、今頭の中を飛びまわっているものを打ち明けようかどうか迷いましたが、まぁ別に害があるわけじゃなし、という結論に達して、こそっと囁くように言いました。
「うん、じゃあ今ロデムはどうしてるんだろう?って思ったの。」一瞬彼女は何を言われたのかわからなかったらしく、しばらく考え込んでいましたが、どうもさっきの話の続きだと思い到ったらしく、やがてその目の中に理解の色が広がりました。
「ああ、彼女の飼ってた猫?」
「うん、いつもは預けに来るんだけど・・・・・」
彼女の飼っている瞳が緑色の黒猫は、何かのアニメの影響でもあったのでしょうか、”ロデム”という名前でした。そして実家が猫嫌いの彼女は、まさかロデムを一緒に連れて帰る訳にもいかず、いつもは私が預かったりしていました。
「どこに預けられたのかわからないけどさ、あの猫相手にするのって大変よぉ。なんてっても友子の猫好きは定評があるし、わがままに育てられてるから友子以外の人間の言う事なんて絶対にって言ってもいいほど、聞かないもんね。あの猫扱えるの、彼女以外は私くらいだったもん。」
「へぇ、大変なんだ・・・」
そう景子が相槌を打った途端、隣の家からけたたましい悲鳴ともつかぬ何かが聞こえてきました。
「な、何、あれ?」
うろたえる景子を落ち着けながら、私は一切を無視していました。すると景子の方も原因に思いあたったらしく、
「ああ、あれね。」
と言ったきり、声をひそめました。
『あなた一体何こぼしたの?!え?絵具?まったくもう、またクリーニングに出さなきゃならないじゃないの。いい加減にして欲しいわ・・・』
「どうやら今度は絵具らしいね。」
景子が囁くようにして言いました。私は顔をしかめたままコクンと頷き、もう冷めてしまって湯気も立っていないティーカップをくちもとに運びました。
「お隣さんて、なんだったっけ?」
「さぁ、何にしても怪しげな新興宗教だったって事は覚えてるけど、考えたくもないわ。たしか友子もかなりうんざり来てたみたいよ。」
そう、何回も何回も家に勧誘に来てねっっ!という事は言いませんでしたが。
「あたしそろそろ帰るわ。」
「そう?じゃあその辺まで送って行くわ。」
私たちはテーブルの上の片づけもそこそこに、玄関まで行き、家の鍵をキチンと閉めて、エレベーターホールの方へ向かって歩いて行きました。勿論友子の家の前を通って。
と、その時、不意に何かの声が聞こえたような感じがして、私はその場に立ち止まりました。その私の様子に気付いたのでしょう、景子の方も同じ様に立ち止まっていました。
「どうかしたの?」
「ねぇ、何か猫の鳴き声しない?」
私がそう言うと、景子の方も何やら思いたったように、聞き耳を立てていましたが、時間にしてそう、二・三分も経ったでしょうか、じっと耳を澄ましていた彼女は
「うん、今聞こえた。あれってさ、もしかしてロデム?」
「みたい・・・ちょっと自信ないけど・・・」
「もしかしたらさ、友子帰ってきてるのかな?」
「さぁ・・」
(後で和広君に聞いてみましょうかね、友子はいつ頃帰ってくるのか。)

 「あれぇ?なんでこんなとこに黄色いしみが出来てるわけ?」
景子を送って部屋に戻ってみると、カーペットの上に大きな黄色いしみが出来ていました。なんか黄色いものでもこぼしたかしら?ううん、お隣さんみたいに絵具は使ってないし、子どもがいてジュースをこぼしたわけでもないから・・・はて?一体何でまた・・?でも・・・
「いずれにせよクリーニングに出さなきゃならないわけだ、うんうん。でもこれでこの辺一帯みんなカーペットのクリーニングね。これじゃ儲かってしょうがないわけだ、クリーニング屋さんが。」
私はクリーニングに出さなければいけないものを取りまとめはじめました。
「ええと、まずこのカーペットでしょう。あのブラウスにブレザー。それから、あ、そうそう、テーブルクロス。」
でも何がついたんだろ、このテーブルクロスにしろカーペットにしろ・・・緑色のものと黄色いものね、それこそ絵具くらいしかないはずだけど。こんなに頻繁にクリーニングに出されたら、向こうも大変だろうな。そのうち友子んとこも御世話になったりして・・・としたら、彼女の所は何色かしら?うちが黄色と緑、お隣が青、その向こうは紫だったかしら?それでもって反対側のお隣さんはオレンジだったから橙、じゃあその向こうだからそうね・・・並べたら丁度虹みたいだし、赤かしらね。そしたらトマトジュースか。ドラキュラの好物ね。あれ?あれは血だったかな?
その時不意に嫌な予感がしました。そう言えばこの黄色いしみ、人がたに見えない事もないわね。もし友子の部屋にこれと同じ形をした赤いしみが広がっているとしたら・・・。私は頭の中のビジョンを振り切りました。それはあまりにも生々しく、正視出来ない程恐ろしい光景でした。
(明日になれば学校に来るわよ。ロデムが中にいるんだもん。)

 が、その期待が裏切られる事になったのはその日の夜でした。ゴミを夜のうちに出そうと思い部屋を出た私の視界に、黒くて動くものが映りました。それは友子の部屋の中に入ろうとしていました、こっそりと。私の口からついうっかりと大きな声が出てしまいました。
「そこで何やってるの?!」
人影はビクッと一瞬緊張し、ぎこちなく立ち上がりました。その姿は私も知っている人の姿をしていました。
「何だ、和広君じゃない。そうそう、友子帰ってきてるみたいよ、ロデムの鳴き声が聞こえてたから。」
それを聞いた彼の顔が恐怖に歪むのを私は見逃しませんでした。何か恐ろしいものを見るようなその目も。
「ね、何かあったの?友子のとこに遊びにきたんでしょう?大丈夫、内緒にしといてあげるから。」
そう言いましたが、彼は表情をさっきのまま張りつかせて、口をぱくぱくさせているだけでした。ここまでくれば何か変だという事にいやが応でも気が付きます。私は一応助け船を出しました。
「どうしたの、入らないの?こんなとこにつっ立ってたら怪しまれるわよ。どうせ鍵持ってんでしょう。何ならチャイム鳴らしてあげましょうか?」
「俺・・・」
彼はか細い、泣くような声でやっとそれだけ言いました。
「え、何?」
「俺、友子殺しちまった・・・・」
ヘヘヘヘヘ、彼はどこか飛んでしまったらしく、力なく笑いました。笑い続けました。いつまでも、いつまでも。
(俺、友子殺しちまった おれ、ともこころしちまった オレ、トモココロシチマッタ)
その言葉を理解するのに一体どれぐらいかかったでしょうか?すでに目の前の彼は放心状態に陥って、おそらく自分が今何をしているのか理解していなかったでしょう。
「あ、あいつが悪いんだよう。ガキが出来たなんて言い出すから・・・・・下ろせって言ったのに聞かなかったから・・・・・へへへ、悪いな友子、ごねんよ友子、そうさお前が、お前が・・・・クックック・・・・」
その時の彼の姿はみじめそのものでした。ぺこつきバッタって知ってますか?いつも誰かにぺこぺこ頭を下げている、したくもないのにやらされて、そのうち何の抵抗もなく、まるで条件反射のようになってしまう・・・丁度そんな感じでした。でも本人はそれを自覚していないのでしょう、何をやっているのかも含めて。
私はなんか、怒る気力も何も失せてしまって、いいしれぬ脱力感にさいなまれました。でも人間というのは不思議なものですね、そんな状態でもどこかしらはしっかりとしていて、この言葉だけははっきりと私の口をついて現れました。
「お願い、友子の事をかわいそうに思うなら・・今でも、少しでも愛しているなら、自首して・・・お願い、彼女のために・・・」
こんな台詞は景子の為にあるようなものね。二度とこんなの言いたくないわ。どうやらどこかに羞恥心だけは残っていたようでした。
周りが騒がしくなってきました。どうやら騒ぐをききつけた近所の人達が起きだしてきたようでした。

 パトカーがやって来ました。赤いランプを火のように灯して、まるで時代劇に出てくる江戸時代の奉行所の役人みたく、それはたくさん、たくさん。
それにつられて、やじうまもたくさん、たくさん・・・
和広君は一応という事で手錠をかけられ、現場検証に付き合わされる事になりました。が、こう言っていやがり続けました。
「いやだ!行きたくないっ!あそこにはロデムが待ってる・・・・た、頼むよ、俺殺されちまうよ!」
彼は暴れましたが、警官達に抑えこまれ、恐怖に顔を引きつらせながら、部屋の中、彼にとっては見慣れたはずの部屋の中に連れ込まれました。その脅えようは尋常なものではありませんでした。私達はその時に気が付くべきだったのです。彼の手の包帯の意味を。
扉を開けると中は埃臭い匂いと共に、生臭い様な血の匂いがこもっていました。警官達はすぐに中の状態をチェックし始め、無神経にずんずんと土足であがっていきました。そして彼に言われたところへ向かった私達の目の前に、もう固まって黒くなった血が、黄色いカーペットの上に水溜まりの様に染みを形作り、その中心に黒くなってしまった傷口を持ち、青ざめた顔をした友子が倒れていました。
彼女の死体に警官達が近づいた時、さらなる惨劇は起こりました。何か黒いものが私達の視界をスッと横切り、あっと思った次の瞬間、後ろで
「ギャッ!」
という男の人の悲鳴が巻き起こりました。あわてて振り向いたその目の中に、何か鋭い刃物状の物で首筋を切り裂かれ、トマトの様に真っ赤な鮮血を吹いている和広君の姿が映りました。そして彼の首を切った犯人は、体中を真っ赤に染めて、悠々と毛づくろいをしていました。彼女の飼っていた黒猫のロデムが。
彼女はまるで主人の仇を討ったかのように、緑色した瞳を細め、一言
「にゃぁーおぉぉ」
と鳴きました。私の方を向いて、警官達が騒いでいる中を、それは静かに、しずかに、し・ず・か・に・・・・・・・・・・・・・・あくまでも静かに。そう、死んだ主人を弔うかのように・・・
私は彼女を抱き上げました、服が血で汚れるのもかまわず。そして警官達に渡すのを断固として拒否し、外に連れ出しました。そして決心したのです。
私は彼女を、うちで飼う事にしました。今となっては彼女を扱えるのは私だけでしょうから・・・
 

私だって・・・

PART1

 俺は宇宙の飛ばし屋。スピードこそが命。
何人たりとも俺の前を行く事は許されない。
何人たりとも俺が後ろに引き下がる事はない。
アイ アム ア チャンピオン!
見よ!俺のテクニック。俺のスピード。俺のパワー!全てが超一流、宇宙で最高!
ある日、前方の遥か遠くに俺は”ライバル”を見つけた。そいつもなかなかの飛ばし屋だった。何しろこの俺がどれだけ飛ばしても、なかなか距離が縮まった様には見えないのだ。それでも宇宙一の飛ばし屋を自称している俺としては、そんな事は許せない。更にスピードを上げ、そいつに何とか追いつこうとした。
そしてその甲斐あって、かなりの時間がかかったが、そいつに追いつく事が出来た。が、そこは既に急カーブに差し掛かっていた。俺はそいつを抜かす事は叶ったが、結局は曲がり切れず、ガードレールにぶち当たる羽目になってしまった。

PART2

 HEY BABY!俺に惚れちゃ駄目だぜ。何ちゃってね、お前に惚れてるのは本当は俺の方なんだ。でもよぉ、俺だけじゃねぇってお前は知ってるんだよな。お前の周りにゃ俺と同じ目的の奴が二〇人近くもいるんだから。頼むよ、一度でいいからこっちを向いておくれ。そん時ゃ俺は天にも昇る気分だぜ。な、一遍だけでいいんだ。
え?何だって、本当に俺なんかでいいのかい?そんなぁ、照れちまうぜ。はっはっは、そんなに強く引っ張るなよ、壊れちまうよ。お、おい、本当にそんなに強く引っ張るなって、痛いじゃねぇか。痛い痛い痛い、ほ、本当に腕が千切れそうだ。おいおい、だからって足ならいいわけじゃないんだぜ。いてっ、イテッ!痛い痛いッ!や、やめてくれ~ッ!

PART3

 「いやぁ~、今年の天文学はイベントが多いですねぇ、教授。」
「うむ、確かにな。小惑星が二つもニアミスした挙げ句、そのうち一つは月に衝突するわ、木星の衛星が一つ、重力圏内に引き込まれて崩壊するわ・・・ところで君、試験の問題はもう決まってたかね?何、未だ決まってない?そうかそうか、ではあの崩壊した衛星が輪になるまでの時間を計算させる、というのもなかなか面白そうだな。よし、後期の試験問題はそれだ!しっかり勉強しておきたまえ。わかったね、K君。」
 

魔法のエンジェル スイートミント

 「ようし、じゃあ変身よ。」
ミントはミントアローを取り出した。
「今回は新聞記者にならなきゃね。」
そういうと彼女は最寄りの新聞社に向かい、一人の記者を探し出した。そしておもむろに近づくと、
「パリエルレムリンスイートミント!」
と呪文を唱えて、その記者を射殺した。
ここで解説しよう。ミントは変身しようとする場合、望む職業の人間をミントアローで射殺す事によりその人の生命エネルギーを得、どんな職業の人間にも変身する事が可能なのだ。
「さあてと、早いことあの子の疑いを晴らさなきゃ。忙しいぞ。」
そう言って彼女はその場を立ち去った。
こうしてこの街の人口がまた一人減った。