遂に会社からパソコンを渡された。銀色をしたA4の紙くらいの大きさで、厚みは三から四センチメートルと言ったところか。詳しい人間なら「A4型ノートパソコン」で通じるらしい。会社の若い奴に訊いたら
「液晶ディスプレイが目に優しい」
とか
「場所をとらない」
とかなんとか・・・いろいろ訳のわからん用語を並べ立てられた。まぁ、最近人気の機種らしい。
そういうわけで、
「取りあえず電子メールだけでも読めるようになれ」
とか会社の上司からは言われたが、なにをどうやって良いのかがさっぱりわからない。一応「コンセントの差し込み方」や「スイッチの入れ方」から懇切丁寧に書かれた、システム管理部作成のマニュアルと首っ引きになりながら、何とか動かし始めた。のだが・・・
「えーと、ここでパスワードを入れて・・・次にメールソフトを立ち上げると・・・。ん?パスワードは名前や誕生日は入れるな?うーん・・・ま、取りあえず名前でいいや、名前で。面倒だし。で、次はメールソフトか。ん?メールソフトってどれだ?アイコンをダブルクリック?なんじゃ?この『アイコン』ってのは?」
しかしなんだな。このマウスって奴はなんでこんなに扱いにくいんだ?手首が疲れてきた。クリックとか言う動作をさせられている指も攣りそうだし。しばしマウスから手を離し、右手をぶらぶらさせる。若い奴らはこんな事をしてないのになぁ・・・何か手首が疲れないコツがあるんだろうか?明日にでも訊いてみよう。
「なになに、『アイコンとは絵文字のことである』?ああ、このマークみたいなやつか。ダブルクリックってのは、このボタンを二回押すことね。」
マウスとかいうやつの左側のボタンを二回、そっと押してみる。反応がない。もっと強く押さなければいけないのかな?と思いつつ、もう一回、今度はちょっと強めに押してみる。しかし変化がない。
「動かないじゃないか。ん?もっと速く押さないとダメなのか?『素早く』とあるな。じゃあ、こうだ!」
今度は強めに、しかも素早く押してみる。するとパソコンの中から何やら「カラカラ」という音がして、画面が切り替わった。
「なるほど。これで動くのか。」
専門用語の羅列してあるマニュアルを読め、と言われても、こちとら携帯電話の使い方もよく分からないし、それよりビデオの予約も出来ないのだ。そういう人間に
「はい、これが詳しくやさしく書いたマニュアルです」
とか言ってダブルクリックだのデスクトップだの書かれたものを渡されたって、理解できるわけがないではないか!書斎に引きこもり、他の家族をシャットアウトしてから箱を開け、パソコンをいじり始めてから四時間と二十三分。私の不満はついに爆発した。
「だいたい何だ、この横文字の羅列は!日本人なら日本語を使え!」
とりあえず罵詈雑言と放送禁止用語や差別用語、神を冒涜する言葉などを十分ほども吐き出す。
「しかしまいったなぁ・・・こんな調子じゃ、俺はクビだよ。でも若い奴に訊くのもしゃくだしなぁ・・・あの『なーんだ、おじさん、こんなこともわからないの?』っていう目が気にいらん!でも何とかしないと・・・・そうだ!」
一ヶ月後、私はシステム管理部に転籍していた。しかもみんなが私に質問をしてくる。それに自慢げに答えることがどれだけ素晴らしいか!さらには元の職場の上司までもが私を賞賛してくれている。
え?一体何をしたかって?別に特別なことは何もしていない。やったことは、とりあえず使えるようになったワープロを使い
「誰にでもわかるパソコン・マニュアル作成に関する方法」
と題する企画書を書き、「ダブルクリック」を「二回押す」などと書き換えたページサンプルと一緒に上司に提出しただけである。
これが社内で大好評。今ではおじさん族の味方、救世主として私の書いたマニュアルは大ヒットしている。出版社からも「是非出版を」と言われているらしい。
え?私自身は使えるようになったのかって?まぁ、ぼちぼちだな。何しろわからなければ、マニュアル作成用に若い奴が手取り足取り、わかりやすく教えてくれるんだから。使うべきは頭だな。