身体のサイズは変えたらダメだ

 とあるところで「重力がいきなり強くなったら既存の生物はどうなるか」について書いた際に、SF作品で良くある、生物が巨大化したり微小化したりする描写の問題点を軽く書きました。
「そういえば、これって真面目に計算して書けば、あの手のSF作品がいかにあり得ない話なのかを説明できるなぁ。」
 そんなふうに思ったので、今回真面目に書くこととしました。

●断面積と圧力

 実のところ、生物の姿はそのままにサイズだけを変更することを考えた場合、体重を支える足の太さがネックになります。というか架空の生物を考える場合でも、大変重要なのは足の太さです。大抵の場合、身長というか体長というか生物の大きさとその体重に目が向けられます。でもそれが陸上生物の場合、大きさと体重の重さに見合った足の太さがなければ身体を支えられず、ポッキリと折れてしまうことになるのです。

 例えば人間で考えてみます。直近ならば「進撃の巨人」、昔ならば「ドラえもん」に出て来たスモールライトやビッグライト、ガリバートンネルなんかも対象になるかな。人間がそのままのスタイルで巨大化したりミクロ化したりする作品というのは数多くあります。
 人間でなくて良いなら古くは「SF巨大生物の島」から新しいところだと「巨蟲列島」までいろいろですね。

 さて話が逸れましたが、人間をベースで巨大化を考えてみます。身長は何cmでも構いませんが、体重が重要です。例えば体重が70kgの人を例にして考えてみましょう。人間は二足歩行をしている関係上、その体重のほとんどが足の裏にかかっています。しかし可動部である膝や股関節にも相当の荷重がかかります。歳をとった場合に膝や股関節に痛みが出てくるのは、関節にある軟骨がすり減ってくることや、骨などの変形が理由です。そして、すり減ったり変形したりするのは、それだけの負荷がかかっているということを示しています。

 人間のそれぞれの部位の重量比は、出典によって少しずつ差がありますが、ざっくり次のようになっています。

【頭 部】 0.08
【上腕部】 0.08(左右合計)
【前腕部】 0.06(左右合計)
【手 部】 0.02(左右合計)
【胴体部】 0.46
【大腿部】 0.14(左右合計)
【下腿部】 0.12(左右合計)
【足 部】 0.04(左右合計)
【合 計】 1.00

 これで行けば膝にかかる重量は頭部から大腿部までの合計で、全体重の84%、体重70kgの場合は58.8kgです。股関節ならば全体重の70%、49kgということですね。これを人間は骨や関節、そしてそれを取り巻く筋肉で支えているということです。
 
 では骨にはどの程度の荷重がかかるのでしょうか。まず大腿骨の断面積はだいたい540mm^2だそうです。ということは、両足で1080mm^2。面倒なので1000mm^2で計算しましょう。これで体重の70%以上……ざっくり50kgを支えているとしましょう。もし大腿骨のみで全体重を支えているのだとすると、次のような計算になります。

 50kgf÷1000mm^2 = 500N÷1000mm^2 = 0.5N/mm^2

 思ったよりも荷重はかかっていませんね。例えば一般的なコンクリートの圧縮強度は18~36N/mm^2ですし、建材として使用されているスギやヒノキなどは圧縮強度が20~30N/mm^2ほどあります。骨は更に優秀で、圧縮強度は250MPa、つまり250N/mm^2くらいあります。
 ちなみに圧縮強度というのは、その部材に両端から力をかけて圧縮した場合に耐えられる圧力を示していますので、骨が支えられる体重は圧縮強度で考えるのが妥当です。
 ここから言えるのは、同じ面積で100倍の体重を支えようとすると、コンクリートやスギのような建材で使用されている材料では強度不足になるということです。骨は大丈夫。だけど、骨は大丈夫でも関節はそこまでの圧縮に耐えられません。膝の場合は場所によりますが、数Mpa~20Mpa、つまり数N/mm^2~20N/mm^2だという研究結果があります。体重が急激に重たくなると、大腿骨は潰れなくても膝が壊れるわけですね。

●巨大化することの問題点

 これまでの議論でなんとなくわかってきたと思います。巨大化するのは大変問題があります。人間の場合、例えば身長が10倍になったとしましょう。180cmの人は18mになりますので、ちょうどRX78ガンダムくらいの身長となります。
 身長は10倍ですが、縦だけではなく、横方向、厚み方向にも10倍になりますので、体積は1000倍となります。もし密度が同じだとすると体重も1000倍。一方、骨の断面積は100倍にしかなりませんから、同じ面積で支えなければならない圧力は10倍となります。
 先ほど、大腿骨にかかる圧力は0.5N/mm^2と計算結果が出ましたので、これが10倍になるなら5N/mm^2。大腿骨は耐えられますが、数N/mm^2~20N/mm^2しかない膝が保つかどうかはちょっとわからないことになります。膝の場所によっては破損が生じるということです。
 では、体重が同じままで身長だけ10倍になるというのはありえるでしょうか? この場合、密度が1000分の1ということになり、大体0.001g/cm^3程度となります。発泡スチロールの密度が0.01g/cm^3ですので、発泡スチロールの10分の1の密度。ちょっとでも風が吹けば飛んでいくレベルです。とてもではありませんが殴り合いができるような感じではありません。倒したければ強い風を吹かせるだけで何とかなります。
 つまり同じ密度で大きくすると膝が破壊されるかもしれず、体重を同じままとするなら風が吹くと飛んで行くということです。

 では、昆虫が巨大化する作品についても検証してみましょう。例えばアリ。日本にいるアリの中で少し大きめのオオクロアリを見てみると、働きアリの体重は大きい個体で35mgくらいだそうです。体長は7~12mm。これが巨大化して襲ってきたときに恐怖を感じるのは、せめて人間と同じ程度のサイズにはなってほしいものです。つまり100倍大きくなって120cmにまでならないと、怖くない。だとすると、体積は100×100×100で100万倍。

 35mgの100万倍ってことは……1000×1000でもあるので、1000倍で35g、さらに1000倍すれば35kg。地球上の生物は水が大半を占めますので、人間とほとんど密度というか比重は変わらないなぁという感想を抱いてしまいます。
 ただ、この体重をあの細い足で支えられるかどうかは話が別です。オオクロアリの写真から測定すると、足の太さは足の先端付近で0.16mm。簡単のために1辺0.16mmの正方形だとすると、断面積は次の計算で出ます。

 0.16mm×半径0.16mm = 0.26×10^-1mm^2

 元々はこの足6本で体重を支えていたとすれば、荷重からくる圧力は35mg÷(0.26×10^-1×6) = 0.22×10^-2N/mm^2となります。外骨格を形成しているクチクラ(キューティクルともいうそうです)という物質の剪断強度は30MPa、つまり30N/mm^2です。圧縮強度ではないので同じ比較はできませんが、ざっくり言えばコンクリートや木材と同程度の強度を持っています。圧力が100倍になったとしても十分に耐えられますが、関節が耐えられるのかは人間同様、不明です。

 ではどうすれば良いかと言えば、関節の強度を上げるしかありません。別の素材に置き換えて圧縮強度が高くなるようにするか、もしくは膝を含めた足の太さを太くすることです。同じ素材のまま10倍の圧力に耐えるのだとすると、太さを3倍程度にすれば良いわけです。プロポーションは大きく変わってしまいますが、巨大化しても同じ様に動く事ができるはずです。
 つまり、人間を10倍にした巨人は、足の太さを3倍にした超マッチョな脚部を持つプロポーションであれば、問題なく成り立ちます。昆虫を100倍の大きさにしたければ、足の太さを10倍にしたプロポーションにすれば問題なく動けるでしょう。ただし、飛べるかどうかは話が別ですが。

●縮小化することの問題点

 逆に小さくなることにも問題はあります。これは密度が同じまま小さくなる(つまり体重は軽くなる)のか、体重を保ったまま小さくなる(つまり密度が高くなる)のか、という2パターンに分けて考えられます。
 まず、密度が同じまま小さくなることを考えます。人間を10分の1のサイズにしてみましょう。すると体積は1000分の1。体重も1000分の1になります。身長170cmで体重が60kgという人がいたとすれば、身長17cm、体重60gとなります。ちなみに人間の脳は1200~1500gあるそうですが、体重が1000分の1になれば、脳の重さは1.2~1.5gです。他の生物と比較すると、ゴールデンハムスターの1g(体重は120g)とラットの2g(体重は400g)の間。体重比では脳の重さはかなりあるものの、齧歯類と同程度の重量の脳で、人間のような思考ができるとはちょっと思えません。高度な思考を諦める他なさそうです。

 一方、体重を保ったままだとどうでしょう? 身長が10分の1になると、密度が1000倍になるというものです。実のところ、こっちの方が行けるか? と思っていましたが、やっぱりダメな点を発見しました。というのも身長を100分の1にすると問題が生じます。
 身長を100分の1、つまり先ほどの人が慎重1.7cmになると、密度は100万倍になります。ざっくり10^6g/cm^3(1.0t/cm^3)です。これですね……宇宙にある白色矮星という、軽めの恒星が死を迎えたときになるとされている天体の密度とほぼ同じなのです。この密度だと自身の重力を支えるのに「電子の縮退圧」という、パウリの排他律を元にした力を使っていてですね……もう人間として存在できないのですよ……。
 そういえば「ミクロの決死圏」ではミクロサイズになって人間の血管内に侵入するという描写がありましたが、そんなに小さくなると中性子星の密度である10^9t/cm^3になっちゃうかもです。

 つまり、密度を一定のまま小さくなると高度な思考力を放棄する必要があり、体重を一定のまま小さくすると人間じゃなくなる、ということです。

●それでも作品上の設定で何とかする方法

 こういうサブタイトルを書いたものの、そんな方法はあるのか? と疑問に思ってしまいます。

 巨大化の方ですが、もしプロポーションを同じままで巨大化したいなら、重力が小さな惑星であれば良いということになります。重力が小さければ同じ体重でも受ける力が小さくなりますので、膝などの関節にかかる圧力も小さくなります。一方で圧縮強度などは物質の特性ですので、重力が小さな惑星でも変わりません。ですので、重力が地球の10分の1の惑星であれば、身長が10倍の巨人が人間と同じ様に動く事ができるはずです。
 もしくは巨大化する際に、主に股関節、膝関節、足首あたりの素材や内部構造を変更して、増える重量に耐えられるようにすれば、プロポーションを保ったままで行ける可能性はあります。例えば身長を10倍にするのであれば、関節の構造材の圧縮強度を10倍にするか、同じ構造材の場合は接触面積を10倍にするかです。ただ、接触面積を10倍にしてしまうと可動域が狭くなるか、もしくはそもそも膝が曲げられないなどの不都合が出る可能性もありますので、関節の構造自体も変えてしまった方が良さそうです。もちろん、構造材を変えたうえで関節構造も変えることで、無理なくプロポーションを保つという考え方もあるでしょう。

 縮小化の方は難しいですね。一番良いのは高度な思考力を保てる脳質量程度までしか小さくならない、という方法です。賢いと言われている犬でも72gはあります。いや、72gしかないのか? 170cmの大人が縮小した場合、脳がこの重量になるのは身長が60cmの時です。アデリーペンギンくらいですね。決して小さくはないか。
 もしくは何らかの技術で体重を保ったまま小さくなるとすると、やっぱり10分の1が限界かなぁ……電子の縮退圧で支えてる生物って、もう人間じゃないからねぇ……。いっそのこと、そういう生物を創造して、人間の思考パターンを移植するくらいの設定にしないといかんでしょう。というか、生物を作って良いのであれば、脳を何か別の素材で作ることとして、そこに記憶などを転写する仕掛けを準備する。同時に、人間のように見えるボディを何らかの素材で作ってしまうという方が良いでしょうね。
 つまりスモールライトやガリバートンネルは通っている間に同じ記憶と姿を持つ別の何かに生まれ変わらせる仕組みだということです。そういうのはダメかなぁ……。

●参考文献

・人工骨
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsao/45/3/45_183/_pdf/-char/ja

・健常者における大腿筋断面積の検討
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika1996/11/2/11_2_75/_pdf

・木材の種類と特性、強度(引張強度、圧縮強度、曲げ強度、せん断強度)、硬度について
 https://www.toishi.info/sozai/woods/

・ RA膝 の脛骨内顆関節面の力学的強度に関する研究
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnms1923/53/2/53_2_198/_pdf

・日本産アリ類生態情報(種別情報)クロオオアリ
 https://terayama.jimdofree.com/app/download/12674917190/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%A2%E3%83%AA%E7%94%9F%E6%85%8B%E6%83%85%E5%A0%B12016.pdf?t=1691550527

我々が観測しているのはあくまでも重力ポテンシャルの形だからね!

 前々から気になっている表現があります。

「ダークマターの分布を観測した」

 この言い方、間違いだと考えています。真実かもしれないけど、事実ではない、というのが筆者の意見です。どういうことか説明していきましょう。

●そもそも「ダークマター」とは

 1920~30年代にかけて、太陽系近傍の恒星の運動を分析した研究が行われていました。ヤコブス・カプタインやヤン・オールト(オールトの雲で有名な天文学者)は、恒星の運動を説明するためには、見えていない物質が大量に必要となることを指摘しました。
 また1930年代には銀河団の観測を行っていたフリッツ・ツヴィッキーも、銀河団中の銀河の軌道速度の研究から、やはり見えていない物質が必要だと考えたのです。これらは当時「ミッシング・マス(行方不明の質量)」と呼ばれていました。

 その後、1960年代になってX線の観測が始まると、1970年代には銀河団にX線を発する高温のガスが存在することも判明し、これを閉じ込めておくには銀河団中に存在する銀河の全質量が作る重力ポテンシャルでは不可能だとわかりました。
 また、多くの銀河の自転速度を調べる研究からも、本来であれば中心から外側に行くほど速度は落ちる(太陽系でも太陽から遠い惑星や天体は公転速度が遅い)はずなのに、どの銀河も外側まで一定の速度で回転していることがわかってきました。これは「銀河の回転曲線問題」として知られるようになりました。
 これらの現象を説明するには、観測で見えている天体の質量ではまったく足りず、10~100倍もの観測されていない質量が必要だとされました。これだけの量が見えていないとなるのであれば、もはや「行方不明」どころではありません。そこで「(暗くて)見えていない物質」ということで「Dark Matter(ダークマター)」という名称が使われるようになったのです。

●「重力ポテンシャル」ってなに?

 さて少し話を戻します。重力がどの様に働いているのかは、天体が作る重力の分布を調べることでわかります。例えばある天体からどれくらい離れた所では、どの程度の強さの重力(引力)が効いているのかを調べていきます。
 例えば太陽系の場合、太陽の重力が圧倒的に強いのですが、それでも太陽のそばからどんどん太陽系の果ての方に離れていくと、太陽からの重力はどんどん弱くなっていきます。太陽からどれくらいの距離であれば、重力の強さがどの程度なのかをグラフ化すると、ニュートンの万有引力の法則で想定されている逆二乗則の曲線となります。これが太陽の重力ポテンシャルというわけです。実際には空間は3次元ですので、グラフには描きづらいのですが、皆さんも天体のある場所が凹んでいる膜のイラストを見たことがあるでしょう。あれが重力ポテンシャルです。
 我々は天体の運動を観測することで、その場所にどれくらいの強さの重力が存在している必要があるかというのはわかります。その強さをマッピングするということは、つまり重力ポテンシャルを観測してマッピングしていると言い換えても良いでしょう。
 ですので「ダークマターの分布を観測」と言われると、個人的には違和感があるわけです。だって観測してマッピングしているのは、あくまでも「重力ポテンシャル」でしかありませんから。これが冒頭に書いた「真実かもしれないけど事実ではない」の意味です。

●「重力ポテンシャル」には物質が必要なのか?

 とはいえ、そこにそれだけの重力がかかっているということは、何らかの原因があるわけです。そして重力というのは物質が作るということになっています。もし物質が存在しなければ、そこには重力を及ぼすものはなく、従って重力ポテンシャルは、先の例で言えばどこにも凹みのない膜です。凹みを作るのは天体、そしてそれを作る物質だというのが現代物理学の基礎です。
 ということは、見えている天体がつくる重力ポテンシャルよりももっと深い、つまりもっと強い重力が存在しているのであれば「見えていない物質(ダークマター)」が存在するはずだ、というのは自然な流れなのです。
 ですが世の中には「それは本当か?」と考える人たちもいます。そのうちの大きな一派は「MOND」と呼ばれる理論を提唱しています。これは「MOdified Newtonian Dynamics(修正ニュートン力学)」の略です。つまり、天体の質量から重力の強さを求めるニュートンの万有引力の法則が間違っているのではないかという指摘です。もちろん、万有引力の法則は私たちの太陽系内では問題なく使えている理論ですので、大幅に変更する必要はありません。それでも「少し」修正することは可能だろう、というわけです。
 残念ながらこのMONDはなかなか上手く行っていません。相対性理論に対応しているわけではないというのもありますが、こちらについてはTeVeS (Tensor-Vector-Scalar gravity) という理論が提唱されています。
 他にも1990年頃には「銀河の回転曲線問題」には磁場の影響を持ち込んで説明する理論もありました。これは銀河内の物質はプラズマ化されている物が多く、プラズマは磁場の影響で一定の速度で回転するため、「銀河の回転曲線問題」を説明できるという物でした。とはいえ、これだけでは重力レンズ効果による重量ポテンシャルを説明することはできませんので、あまり良い解決方法ではないとみなされています。

●SF的に考えてみよう!

 では他には何か解決方法はないのでしょうか。ちょっとSF的に考えてみましょう。筆者であれば「物質が重力ポテンシャルを作る」という部分を外してしまいます。どういうことかと言えば、次のように考えるのです。

「物質も重力ポテンシャルを作るが、そもそも重力ポテンシャルは物質が存在しない空間でも存在しうる」

 つまり宇宙がビッグバンによって始まったときには既に強い重力ポテンシャルが存在していた。物質はその重力ポテンシャルに引き寄せられて集まり、銀河や銀河団、超銀河団といった天体を作ったと考えるわけです。そうすれば「ダークマターの正体」など考える必要はありません。だって物質が存在しなくても、そもそも空間は歪んでいて、重力ポテンシャルを持っているのですから。
 もっとSF的に考えましょう。万有引力を考えると重力ポテンシャルは凹みしか存在しません。凸部分は存在しないのです。もし凸部分が存在すれば、それは周囲の天体を遠ざける「万有斥力」として働きます。例えば超銀河団の間にはボイドと呼ばれるほとんど物質の存在しない空間があります。ここにもし凸な重力ポテンシャルがあったとしたら……そこに物質がない事の説明になるかも知れません。宇宙は卵パックのような重力ポテンシャルをしていて、出っ張りから凹みのところに物質を移動させているのかも知れません。
 もちろんこれは観測的に証明されたわけでもなければ、既存の観測結果をすべて説明する理論としても成立していません。でも「ダークマターが存在している」として研究されてきた研究結果をかなり転用できるはずだとも考えています。
 いずれにせよ、そういうSF作品を書いて世に出すのも面白いでしょうね。

宇宙戦艦ヤマト50周年でみる天文学50年の進歩

 今年、2024年は「宇宙戦艦ヤマト(旧作)」が放送されてから50年の節目の年です。2012年に始まった再解釈を交えたリメイクシリーズも順調に製作されており、今年は「ヤマトよ永遠に」のリメイクである「ヤマトよ永遠に REBEL3199」の上映を控えています。
 そこで今回は旧作とリメイクシリーズの差を見ながら、主に天文学の進歩について紹介していきましょう。

●2199-火星

 イスカンダルからの使者であるサーシャを古代進と島大介が回収する惑星です。旧作では現在と同じ赤い惑星でしたが、リメイクシリーズではテラフォーミングが行われています。それも元に戻りつつあるようですが、それでもテラフォーミングによる海が存在していました。
 この火星のテラフォーミングですが、SF作家の故アーサー・C・クラークがコンピューターシミュレーションによる海ができた場合の見え方などを研究していました。その結果は邦題「オリンポスの雪」という書籍にまとめられ、1994年(日本語版は1997年)に出版されています。それまではテラフォーミングの進め方についての研究を紹介する文章が多かったのですが、ここで初めて実際の画像が出て来ました。これは火星探査機による標高データが整備されたことによるものと言えるでしょう。
 ちなみに1974年当時はまだバイキング1号、2号の着陸前ですので、火星の表面に関する情報はマリナー探査機のシリーズによるものしかありませんでしたが、リメイクシリーズの際にはNASAを中心とした数多くの探査機が火星周回軌道上及び火星表面で活動していましたから、情報量がまったく異なる惑星でもあります。

●2199-「ゆきかぜ」との邂逅

 古代進の兄である古代守が艦長を務めていた宇宙駆逐艦「ゆきかぜ」。リメイクシリーズでは磯風型の1隻として描かれていました。
 この「ゆきかぜ」は冥王星沖海戦後行方不明になっていました。物語が進むと某天体に不時着しているのが発見されるのですが、旧作では土星の衛星タイタンで、リメイクシリーズでは同じく土星の衛星エンケラドスとなっていました。
 正直、これはどちらでも構わないと思いますが、タイタンがメタンやエタンの循環が着陸機ホイヘンスによって確定した衛星ですので、少し映像化に悩む点が出たのかも知れません。その点、エンケラドスは水の氷で覆われているのがわかっている上、間欠泉が吹き出し、地下に海がありそうだなどの新情報が得られている衛星でもあります。間欠泉についてはリメイクシリーズでも描かれていましたので、物語の進行上使い勝手が良かった可能性もあります。

●2199-冥王星

 大きな変更のあったのが、この冥王星です。実は1974年の旧作放送の際には直径が地球の約半分(6000km程度)という、金星に次ぐサイズの惑星だと考えられていました。当時の望遠鏡の能力では冥王星と衛星カロンの分離が行われていなかったため、両星が1つの天体であると誤認され、火星よりも大きな惑星だと考えられていたのです。そのためもあってか、冥王星には氷の下に海があり、現住生物もいるという設定がされていました。
 ところが1978年にカロンが発見されたため、冥王星はもっと小さな惑星であるということが判明しました。実際には直径2370km程度。そして2006年のIAU総会において「準惑星」に降格されてしまいました。
 リメイクシリーズでも「準惑星」という呼称が使われていましたが、正直、今から170年も先の2199年に「準惑星」というカテゴリが残っているかどうかはすごくアヤシイと思っています。その辺は『「準惑星」はスジが悪い(個人の感想です)』を読んで下さい。
 また2012年時点では冥王星探査機ニューホライズンズは到着していませんが、それでも数多くの衛星が発見されていますので、物語にも反映されていました。表面の様子については不明な点が多かったのですが、ガミラスによる惑星改造が行われているという設定が入っていましたので、ニューホライズンズの発見のことはあまり気にしなくても良いかも知れません。

●2199-太陽系の他の天体

 その他の太陽系の様子としては、リメイクシリーズの第1話で海王星の映像が出てくるなど、探査機やハッブル宇宙望遠鏡などによるデータが反映されています。遊星爆弾もエッジワース・カイパーベルト天体を利用して作っている描写が出て来ますので、太陽系の遠方天体についての知見が活かされています。
 また旧作では太陽系を離れる際には「どこまでが太陽系か」についてはあまり気にしておらず、地球との直接通信が切れる距離という話になっていましたが、リメイクシリーズではヘリオポーズを抜けるということで「太陽系赤道祭」を行い、その一環として地球との通話を行っていました。
 旧作では木星も出ていましたが、こちらについてはあまり大きな変更はありませんでした。実際には旧作以降に衛星イオの表面で火山の爆発が発見されていますが、イオが登場しなかったために作中の情報更新は行われていません。
 一方、土星についてはオーロラの発見があったため、リメイクシリーズでは極にオーロラの表現がされていました。環については特に触れるところはないのですが、「宇宙戦艦ヤマト2」「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士達」では土星沖海戦が発生していますので、環から飛び出してくる演出などもありました。

●2199-グリーゼ581

 リメイクシリーズではエネルギーを吸収するガス生命体に追いかけられ、恒星表面に追いやられる回(第8話)に登場した恒星です。この恒星にはハビタブルゾーン内に惑星があると考えられているため、探査対象として接近することで罠にかかります。
 実は旧作では「オリオン座α星」とされていて、これはベテルギウスを指しています。グリーゼ581は赤色矮星、ベテルギウスは赤色巨星という違いはありますが、どちらも赤色の恒星で、それなりにフレアを吹き出していると考えられています。
 どちらの場合も恒星表面にまで近づき、旧作ではプロミネンスを波動砲で吹き飛ばしています。リメイクシリーズでは波動砲で吹き飛ばすのはフレアに変更されています。とはいえ、1990年代に解明された磁気リコネクションによって発生している現象としては同じものですので、新しい方に合わせたのかな、というところです。
 ちなみにリメイクシリーズではこの星系にワープする前、太陽系から8光年離れた場所で8年前の地球を見るという演出が加えられています。まだ遊星爆弾によって赤くなる前、青かったときの地球を見て「これを取り戻しに行くんだ」という沖田艦長のセリフにぐっと来たものです。

●2199-ビーメラ4(ハビタブルゾーン)

 旧作ではビーメラ星人の居住する惑星でした。リメイクシリーズではビーメラ星系の第4惑星ビーメラ4として紹介されます。ただし原住民は既に絶滅しているという設定です。
 ビーメラ4はハビタブルゾーン内に存在していて、地球と似た環境を持つ惑星として描かれています。この「ハビタブルゾーン」という概念は1964年にスティーヴン・H・ドールの著書「Habitable Planets for Man」で定義され広がっていきましたが、旧作では触れられていません。実際に惑星系における水が液体として存在するゾーンという定義は1993年に天文学者ジェームズ・カスティングが「惑星系のハビタブルゾーン」として再定義されたものですので、旧作時点ではリメイクシリーズでのような使い方がされる定義としては明確ではなかったと言えます。

●マゼラニック・ストリーム

 銀河系とマゼラン銀河との間に架かっている紐状のようになっているガス雲のことです。1972年に発見されていますので、旧作当時にはかなりホットな話題であり、使い勝手が良かった天体だったのだろうと思われます。
 その後の観測では薄いガス雲であることがわかっただけですので、リメイクシリーズでは触れられていません。一方、銀河系を外から見る演出が入り、第14話では古代進と森雪が100式空偵で偵察へと出た際に銀河系の姿を視認する演出がありました。
 また旧作で行われたマゼラニック・ストリームでの戦闘は、第15話の中性子星近辺での戦闘へと置き換えられました。

●2199-バラン星

 旧作では浮遊惑星とされ、地面のある惑星でかつガミラスの人工太陽が周辺を公転しているという設定でした。この人工太陽は「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士達」の第11番惑星に引き継がれます。
 一方、リメイクシリーズでは自由浮遊惑星とされていて、どちらかというと褐色矮星と言った方が良い扱いになっています。旧作時点ではこの手の褐色矮星は発見されていませんでしたが、1988年に初めての褐色矮星GD165Bが発見され、その後次々と似たようなサイズの天体が発見されています。
 また褐色矮星自体の研究は1960年代から行われていましたが、1963年に林忠四郎、中野武宣による「核融合を起こす天体の下限」についての研究があり、1980以降にその構造についての研究が行われました。1990年代には輻射輸送を取り入れることでそのスペクトルがどの様になるかが計算されるようになり、通常の恒星とは異なり黒体放射とは大きくずれたスペクトルを持っていると考えられるようになっています。
 ちなみに自由浮遊惑星は「宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟」にも「自由浮遊惑星カッパドギア」が出ています。こちらは褐色矮星ではなく、固い表面を持つ天体として表現されていました。

●2199-大マゼラン銀河-七色星団

 大マゼラン銀河について大きく変わったのは銀河系からの距離です。旧作の時には14万8000光年、往復29万6000光年の旅であると表現されていましたが、リメイクシリーズでは最新データから16万8000光年とされています。往復は33万6000光年ですから、1割は延びている感じですね。
 また七色星団についても旧作では「七色混成発光星域」としてドメル将軍との決戦が行われました。リメイクシリーズでも決戦の宙域となりましたが、大マゼラン銀河で存在を誇示しているタランチュラ星雲内にあると設定されました。
 ちなみにSF大会で故石黒昇監督がお話になった情報では、「七色星団」というのは故西崎義展プロデューサーが言い出した内容から端を発したそうで、当時「曜日ごとに毎日違う色のものへはきかえることを前提に、七色のパンツをセットにして売る」という「七色パンティ」に由来しているのだそうです。それを「異なる元素による発光現象によって七色になっている星団」という設定を作り出した当時の制作陣の苦労が偲ばれます。
 そういう意味ではタランチュラ星雲は様々な色に発色しているので、ちょうど良い天体だったと言えます。

●2202-第11番惑星

 ついでに2202からも1つだけ。実のところ「宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士達」「宇宙戦艦ヤマト2」「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士達」以降、あまり天文学的な描写は出て来なくなります。第1作目がSF&天文学的な作品として良くできていたのに対し、2作目以降は天文学、SF的マインドは減少し、人間ドラマにガッツリ移行しました。
 その中でも唯一と言って良いかな? 出てくるのが第11番惑星です。旧作では冥王星が第9番惑星で、第10番惑星も「なれの果て」として出て来ていましたので、11番惑星が出てくること自体に問題はなかったのです。
 ところがリメイクシリーズでは冥王星は準惑星ですので、第11番惑星があると言うことはそれ以外に第9番惑星、第10番惑星が別に存在していることになります。準惑星自体も相当数発見されていると考えられますので、その辺を出してくれると良いのですけどね。この辺は「ヤマトよ永遠に REBEL3199」に出て来るのでしょうか?

「ヤマトよ永遠に」では小惑星イカロスなども出て来ますが、これはリメイクシリーズがもう少し進んだ際に検証してみたいと思います。

「準惑星」はスジが悪い(個人の意見です)

 2006年にプラハで開催された国際天文学連合の総会で、冥王星が惑星から準惑星に格下げされたというのは知っている人も多いでしょう。今回はその経緯を含めて再考し、この「準惑星」という天体の定義が如何にスジの悪いものであるかを見て行きたいと思います。

●なぜ冥王星降格議論が始まったのか

 そもそも20世紀には太陽系の惑星は9つであるとされてきました。太陽に近い順から水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星です。それ以外に火星と木星の間には小惑星帯があり、海王星軌道から遠方にはトランス・ネプチュニアン、そしてエッジワース・カイパーベルトと呼ばれる、惑星にはなれなかった小さな天体があるという認識でした。
 ところが望遠鏡が大型化し、さらに撮影もフィルムからCCDなどの電気素子を使ったカメラに変わってくると、今までは写らなかった暗い天体が数多く見つかるようになりました。
 太陽系内の天体は、太陽の光を反射して光っています。その明るさは、ざっくりというと次の式で決まります。

「天体の明るさ=反射率×太陽からの距離の二乗×見かけの面積」
 
 ですから「暗い」というのは、あまり太陽の光を反射しない、太陽からの距離が遠い、または天体が小さいなどが原因になっているわけです。本当は「地球からの距離が遠い」というのもあるのですが、それは一旦忘れても良いでしょう。

 1990年代以降、この「暗い天体」が数多く見つかり始めました。特に、見かけの面積はそれなりに大きいのに、太陽からの距離が遠いために暗い天体が、です。中には冥王星の大きさに近い天体も含まれていたことから、「惑星の数を増やそう」という話もあったほどです。
 そしてエリスという、冥王星よりも大きい天体(現在では冥王星よりも少し小さいと考えられています)が発見されたことで、この論争が天文学者の間で大きくなりました。

●「準惑星」が定義された経緯

 でもエリスの発見ですぐに冥王星が準惑星になったわけではありません。当時、「惑星の定義をどうするべきか」については幾つかの案がありました。
 一番最初に提案されたのは、「基準を示して惑星の数を増やす」と言って良いものでした。次の2つの両方の基準を満たす天体を「惑星」にするとしたのです。
「自己の重力が剛体力に打ち勝ち、静水圧平衡にあると推定される十分な質量を持つ天体」
「恒星の周りの軌道にあり、恒星でも惑星の衛星でもない天体」
 この定義に従えば、冥王星は惑星のままで、冥王星の衛星であるカロンも惑星であると考えられます。正確に言うと冥王星-カロンは二重惑星だということです。
 また小惑星であるケレスも「惑星」に昇格します。他にもマケマケ、ハウメア、クワオワー、セドナ、オルクスなどが候補に挙げられました。
 この定義の下では、太陽系内で太陽の周りを公転している天体は「惑星」と「それ以外」に分けられます。「それ以外」の天体は「太陽系小天体」と定義されました。
 そしてこの定義に従う限り、その後も大量の「惑星」が発見されるだろうということが容易に想定される状況になったのです。

 すると「本当にそんなに惑星の数を増やすのか?」という問題意識が出てきました。そこで出て来たのが、先の2つの基準に追加される形となった、次の基準です。

「その軌道近くから他の天体を排除している」

 これは、その軌道またはその軌道の周辺を1つの天体が占有しているということです。この定義に従えば、小惑星帯にあるケレスは他の天体を排除しているとは言えません。冥王星も軌道の近くに多くのエッジワース・カイパーベルト天体を擁しているために、「惑星」の基準からは外れるというわけです。
 この定義は2006年8月24日にチェコのプラハで行われた国際天文学連合総会にて採決されました。

●「準惑星」のどこが問題なのか

 すでに「宇宙戦艦ヤマト2199」では冥王星は準惑星として登場します。いろんなところで準惑星という言葉は定着しつつあると言えます。そして本来なら存在しないはずの「小惑星」という言葉はいつまでも消えずに残り続けています。本来なら「太陽系小天体」としなければならないはずなのですが。
 でも、この準惑星という定義は非常に問題をはらんだものです。それを説明しましょう。

 何と言っても問題なのは3つ目の基準です。

「その軌道近くから他の天体を排除している」

 すでに「木星軌道上にはトロヤ群があるため、木星は『他の天体を排除している』とは言えないのでは?」という批判も出ています。もちろんこれに対しては「圧倒的な重力によってトロヤ群が存在する場所に集めて、コントロールしている」という反論が出ています。そもそもこの批判自体はこじつけに近い面がありますので、あまり気にしなくて良いだろうと筆者も考えています。
 ですがもっと問題なのは冥王星・カロン系の様に、二重惑星みたいになっている場合です。例えば先に紹介した「宇宙戦艦ヤマト」シリーズでは、ガミラス・イスカンダル系という二重惑星が存在します。また似たような設定の惑星系はロバート・L・フォワードの「ロシュワールド」でも出て来ます。
 これらの惑星はお互いの共通重心の回りを回っていることになりますので、どちらかがどちらかの衛星ではありません。こういった場合「その軌道近くから他の天体を排除している」とは言えなくなります。つまり、もし太陽系外にまで定義を広げてしまうと、ガミラスとイスカンダルは共に準惑星ということになります。もちろんこういう場合、新たに「二重惑星」の定義を作って「準惑星」とは区別するのかも知れませんが、その場合は「衛星」の定義とバッティングすることは目に見えています。
 そういう意味では地球・月系は何とか地球内部に共通重心がありますので惑星・衛星という関係が成り立っていますが、もし月がもう少し大きかったら、地球も二重惑星または準惑星扱いになっていた可能性があります。また「他の天体を排除している」という定義に基づけば、「はやぶさ」や「はやぶさ2」の目的地であったイトカワやリュウグウも地球軌道周辺を回っているため、そもそも地球自体が「他の天体を排除できていないのではないか」という意見もあります。

●太陽系外惑星の定義はどうするのか

 実はこの惑星の定義、太陽系内でしか通用しない定義だとされています。つまり他の恒星系では適用できない定義だというのです。先ほどガミラス・イスカンダル系が準惑星になるかもという話を書きましたが、太陽系でしか適用できないのであれば、ガミラスとイスカンダルは惑星ということになり、一件落着……というわけにはいきません。じゃあそもそも他の恒星系にも適用できる惑星の定義って何よ? という質問には答えられていないからです。

 実は惑星の定義を巡っては他にも大きな問題があります。1つは惑星と恒星の境目の問題です。太陽系の中で最も大きな惑星は木星ですが、他の恒星系では木星よりも遙かに大きな惑星が見つかっています。
 恒星は核融合反応を起こし、自ら光を放っているという事になっていますが、質量が小さくなればなるほど核融合は起こしにくくなります。核融合を起こしていない天体は褐色矮星と呼ばれていますが、この褐色矮星と木星のようなガス惑星の境目についての定義もありません。一応、重水素による核融合を起こすためには木星の13倍以上の質量が必要であるとされていますので、そのあたりが基準になるはずですが。

 もう1つ、元々は恒星の周囲を公転したいたにもかかわらず、他の惑星との重力相互作用によって恒星間空間に放逐されてしまった天体はどう呼ぶのか、があります。現在は「浮遊惑星」または「自由浮遊惑星」と呼ばれています。「宇宙戦艦ヤマト2199」で登場したバラン星などがこれにあたります。ですが、ここに「惑星」という言葉を入れても良いのでしょうか。

 最もしっくりくる定義は、最初に提案された基準ではないでしょうか。

「自己の重力が剛体力に打ち勝ち、静水圧平衡にあると推定される十分な質量を持つ天体」
「恒星の周りの軌道にあり、恒星でも惑星の衛星でもない天体」

 これが最もしっくりきます。これであれば直径や質量だけでほぼ決まります。残りは太陽系小天体。惑星の数は現在よりも大幅に増えますが、そもそも惑星を全部覚える必要はありませんし、「第○番惑星」みたいな数字によるカウントさえ止めてしまえば良いだけです。

●「衛星」の定義で揉めることになる

 もし準惑星のような現状の定義を残すと、今度は衛星の定義で揉めることとなります。現状では衛星に対する明確な定義はありません。せいぜい「惑星の周りを公転している」という程度です。
 そのため木星と土星には観測能力の向上に伴ってものすごい数の衛星が発見されるようになりました。特に土星は環を持っている関係上、小さな氷のかけらまで含めるとものすごい数の天体が周囲を公転しています。どんどん小さい天体を衛星と認定していくと、どこまでが衛星で、どこからが環の成分なのかがわからなくなるのは自明の理です。

 ですから衛星も次のように定義してしまってはどうでしょう。

「自己の重力が剛体力に打ち勝ち、静水圧平衡にあると推定される十分な質量を持つ天体」
「惑星の周りの軌道にあり、恒星、惑星ではない天体」

 そうすれば大きな天体のみが衛星として認定され、小さな天体は太陽系小天体として整理できます。そうなると火星の衛星であるフォボスとダイモスは「衛星」という定義からは外れてしまいますが。

●SFに出てくる「定義に困る惑星」達

 SF作家というのは、いろんなものを考え出すものです。先ほど紹介した「ロシュワールド」の惑星は奇妙な二重惑星の典型例です。ロシュローブを満たしてお互いの大気が行き来するような惑星は他に例がありません。これはそういう世界での出来事を考えるために科学的に結構細かく考えられた惑星です。
 一方、単に舞台として用意された変わった惑星達もあります。例えば田中芳樹の「灼熱の竜騎兵(レッドホット・ドラグーン)」に登場した38個もの地球大の人工惑星は、地球の公転軌道上に存在しています。重力的に安定するかどうかはわかりませんが、この世界が実現すると、地球自体が準惑星になりますね。

 重力的に不安定と言えばラリイ・ニーヴンの「リングワールド」も、かなり風変わりな「天体」と言って良いでしょう。何しろその恒星系にいた異星人が過去に住んでいた惑星を分解して恒星の周りに巨大なリングを作って住居を作れる面積を増やした天体ですので。すでに「自己の重力が剛体力に打ち勝ち、静水圧平衡にあると推定される十分な質量を持つ天体」という基準を満たしていませんので「惑星」とは認められないでしょうけど。

 「宇宙戦艦ヤマト 完結編」に登場した水の惑星アクエリアスは「回遊惑星」などとされていましたが、現在の天文学上の分類で言えば「自由浮遊惑星」となります。ただ、恒星の周囲を公転していない惑星は単純に恒星間浮遊天体ということで良いと思います。そのうちこれを舞台とした物語を書くのもありかな。

ファイヤーボールなんて物理的にありえない

 魔法について考えてみるシリーズ第1弾です。まずは炎に関する魔法としてそれなりにメジャーな「ファイヤーボール」を取り上げてみます。これを実現できるのか? というのが今回のテーマです。

 先ず大前提として、ラノベなどでよくある「魔素」とか「MP」とか、そういうものは現実世界には存在しません。ですからこういうものは「一切無し」ということにします。

「いや、あれは地球とは違う別の世界だから」

 そういう逃げ道を出してくる人がいるかもしれません。ですが、だとしたらエネルギー保存則など、我々の宇宙の基本的な物理法則を無視しているわけですから、別の法則で世界を示すべきです。当然、万有引力の法則が成り立っているかもわからないというのが本来あるべき世界の姿でしょう。でもそういうことをやっている作品はついぞ見たことがありません。面倒くさいからその辺は地球と同じにして、魔法だけを導入するというスタイルをこのシリーズでは良しとしない、ということです。

 さて、話を戻して炎の魔法です。

 火や炎というのは、「可燃物」「支燃物」「火種」の3つが揃ってはじめて成り立ちます。これらについて考えていくことが大変重要です。魔法を使う術者はどの様にしてこれらを準備するのかを考えるわけです。

●火種

 まず「火種」から考えましょう。これは火を付けるきっかけとなるモノを指します。例えば火花。雷のような高いエネルギー。この辺が「火種」の代表格です。まぁこれは術者が何らかの装置を持っていれば良いだけです。その辺は「鋼の錬金術師」のロイ・マスタング大佐のように、手袋に何らかのモノを仕込んでも構いませんし、魔法使いが持っている杖に仕込んでも構いません。ぶっちゃけレーザーで着火しても構いませんので、何とでもなるだろうということで、ここはスルーしましょう。

●支燃物

 次に「支燃物」について考えます。これはモノを燃やす支援をする物質のことで、ぶっちゃけて言えば「酸素」です。地球の場合はモノが燃えるのは酸素があるからで、物質が酸化するときに出るエネルギーで燃え続けているわけです。ですから酸素がなくなると燃えなくなります。ロウソクの炎にキャップをかぶせると火が消えますが、これはキャップ内に存在する酸素が使い切られてしまうためです。
 とはいえ、オープンな場所で使う分には酸素が無くなることはありませんから、基本的にはあまり考えなくても良いでしょう。それに酸素がない場所だとそもそも人間が生きていけません。術者が生きていられないところではファイヤーボールを使う人もいないわけですから、そういうシチュエーションを考える意味もありません。

 ちなみに「酸素以外に支燃物はないのか?」と問われると、「酸化」を「酸素による化学反応」だとするならば「酸素しかない」というのが答えになります。例えば油が燃えるのも酸素による酸化ですし、学校の理科実験で燃やしたスチールウールやマグネシウムも、酸素と化合することによる酸化反応です。残るのもスチールウールの場合は酸化鉄ですし、マグネシウムの場合も酸化マグネシウムです。

 でもですね、酸素以外に広げると「フッ素」も対象になってきます。フッ素は淡黄褐色で特有の臭いを持つ気体として存在する元素で、強力な酸化剤ですし、水素と化合すると4300Kにも達する高温を発します。ただし猛毒で、人体にもものすごく影響がありますので、炎を上げ続けるほどの量のフッ素がある環境では人間は生きていけません。間違っても酸素と同程度の、大気中に20%ものフッ素が存在する環境では地球のほとんどの生物は生きていけません。
 そのため、支燃物についても「酸素」だけを考えれば良いでしょう。

●可燃物

 さて、問題は残る「可燃物」です。これは燃えるモノで、私達の身の回りでは木や紙、油やアルコールなど様々なモノがあります。これらが火種を媒介して酸素と反応し、燃える、つまり火や炎が上がるわけです。

 で、ですね。ファイヤーボールの発動手順をここで考えてみると、ダメなポイントがいろいろと見えてきます。

 ①術者が呪文などを唱えると、②術者の周辺に突如として炎が発生し、③それが指示した標的に向かって飛んで行く、というのが一般的な発動手順です。
 火種はまぁ良いでしょう。酸素も空気中に存在します。では可燃物はどこから現れたのでしょうか? 大気中には可燃物はほぼ存在しません。常に可燃物が存在するような環境ですと、火種が発生した瞬間に爆発したりしますしね。例えばガスが充満している部屋で火をおこすと爆発します。小麦粉などが舞っていると粉塵爆発を起こします。適度な炎が現れる可燃物は自然界の空気中には存在しません。

 すると、術者の呪文によって、どこからともなく可燃物が空中に出現する必要があります。一体どうやって?
 ガス、油、木でも何でも構いませんが、空気中に突如として出現するような物理現象は存在しません。つまり人工的に可燃物をそこに出現させる必要があるということです。

 その方法としては大きく分けると2通りあります。1つはどこかから空間を越えて持ってくる方法。もう1つはその場にあるモノから合成する方法です。

●物質をどこかから取り寄せられるか?

 まずは「空間を越えて持ってくる」のはなかなかにハードルが高いです。これ、どこか離れた場所にあるものを持ってくるわけで、離れた場所と空間を繋げる必要があるわけです。言ってしまえば宇宙における「ワープ」を地球上で実現せよと言っているわけです。さて、空間を曲げるのにどれだけのエネルギーがいるのでしょう? そもそもそのようなことは可能なのでしょうか? 物理学の世界では理論的な研究をしている人たちはいますが、「負の質量を持つ物質:エキゾチックマター」なるものが必要になるなど、かなりハードルの高い内容がつらつらと語られています。
 というか、ファイヤーボールごときのために空間を曲げてでもどこかから可燃物を持ってくるくらいなら、そのエネルギーで相手を倒せよ、と言いたくなります。

●物質をその場で合成できるか?

 では「合成」は可能でしょうか? 空気はその80%が窒素で、残る20%が酸素です。もちろん他にも含まれていますが、窒素と酸素が4:1だと考えて構いません。
 可燃物を気体だとするのであれば、二酸化炭素と水蒸気の元素を何らかの方法で組み替えれば、メタンなどの可燃物質を作り出すことが可能です。というか窒素まで使えば有機物は作れますし、可燃ガスを合成すること自体は可能でしょう。
 またスチールウールみたいなものを可燃物としたいのであれば、さすがに空気中には鉄分子はありません。でも窒素と酸素を使って核融合を行えば、鉄までの元素は作り出すことができます。

 なんだ、できるんじゃないか! と思ったあなたは世界を甘く見ています。まずメタンを合成する方法は、現実世界でも「メタネーション」と呼ばれる二酸化炭素からメタンを合成する手法があります。二酸化炭素と水素を反応させてメタンを合成する方法ですが、二酸化炭素は空気中から調達するとして、水素は水蒸気を電気分解するしかありません。大気中で水蒸気を電気分解? そのような手法は存在しません。そもそもその電気はどこから持ってきて、どの様に空気中に流すのでしょう。雷を使いますか? だったらそのまま雷で攻撃したら良いのではないでしょうか。

 次にスチールウールのようなものを窒素や酸素から作り出すのは核融合反応を起こす必要があります。CNOサイクルというものですが、これには太陽の中心部を越える高温と高密度が必要ですし、発生するエネルギー量が半端ではありません。何しろ超新星爆発を起こす前の恒星のエネルギー源になっている反応ですから。正直、そのまま攻撃に使えるレベルです。できあがったスチールウールを燃やして火の玉を作るくらいだったら、CNOサイクルのエネルギーで攻撃しろよ! と言いたくなります。

●飛ばす意味ある?

 さらに問題があります。ファイヤーボールは燃えている何かを標的に向かって飛ばさないといけません。術者の周囲に現れたものを飛ばすには、加速するためのエネルギーが必要です。どうやって加速するのでしょう? メタンなどの可燃ガスを加速するのはそもそも無理ですし、もし飛ばせたとしても空気中の窒素や酸素に邪魔されて霧散してしまいます。塊のまま飛んで行くのは無理。
 固体や液体なら塊のまま飛ばすことが可能となるかも知れません。ですが、あまりに速いと炎が消えてしまう可能性があります。ロウソクの炎を吹き消すのと同じ理屈ですね。ですからゆっくり飛ばすしかありませんが、今度は重力によって地面に落ちるという問題も生じます。長距離を飛ばすのは難しいと考えるべきでしょう。せいぜい10mも飛ばせれば御の字ではないでしょうか。

 だったら、直接対象を燃やせよ。どこかから火種、可燃物を空間に出現させられるのであれば、対象物周辺に発生させてそのまま燃やしてしまえば良いのです。飛ばすのは効率が悪すぎるだろ。
 むしろ、マスタング大佐のように指パッチンで標的を燃やした方が格好良くないか?!

●炎系魔法は役立たず

 他にも様々な炎系の魔法がありますが、効率面でお薦めしません。またファイヤーウォールのような防御魔法も、何から守ってくれるのでしょうか? 何が燃えているのかにも依りますが、メタンのような気体であればどんなモノでもほぼ素通りです。飛んでくるモノを燃やし尽くす? いやいや、銃弾などは融ける前に炎の壁を突破して術者に襲いかかります。もし銃弾すらも瞬時に融かすレベルの炎を用意したいのであれば、同じ温度であればせめて壁の厚みを数十メートルにするか、同じ厚みならば温度を上げるかです。できれば1万度くらいは欲しい。まぁ1万度の炎は赤くなくて、黒体放射の関係上、主な波長は紫外線領域になりますから、見える色は紫から青、つまり青い炎になっていると思いますけどね。ちなみにメタンで1万度もの温度を作るのは無理です。
 スチールウールのような固体が燃えている? それなら銃弾も防げるかも知れませんが、そもそもそのスチールウールを核融合で合成するための温度は数千万度から1億度に達しますので、その温度で蒸発させなさいよ。

 結論です。現実には炎系の魔法はほぼ役立たずです。見た目の派手さ以外には何もありません。
 ちなみに筆者の作品『やっぱり「物理」が最強!』では、ナパーム弾を「ファイヤーボール」と称して使う描写があります。たぶんこれが最も現実的な解です。

テレパシーなんて無理だよ

 前回は脳移植の話をしたので、今回はそもそもコミュニケーションというのはものすごく難しいという話を。人間同士の言語の翻訳だってかなり難しいし、異星人と会話するなんてたぶん無理。
 もうちょっと言うとテレパシーなんて更に輪を掛けて難しいという話です。

●人間の「聞こえた」とは

 そもそもですね、人間の脳が相手の話を理解する手順を知っておく必要があります。例えばAさん、Bさんの2人の人がいて会話をしているとします。AさんからBさんに話が伝わるというのは、次のような手順を介して行われます。

 1)Aさんの伝えたいことが脳内電流の流れとして構成される。
 2)脳がそれを言葉として発声できるよう、持っている語彙を元に言語化(エンコード)される。
 3)言語化された内容を元に喉が振動して音を発する。
 4)Aさんの喉から発せられた音が空気の振動としてBさんの耳に到達する。
 5)Bさんの耳にある鼓膜が振動し、奥にまで伝えられた振動を有毛細胞を使って分析する。
 6)分析された信号が脳に伝達し、言語化された内容をBさんが持っている語彙に対照(デコード)される。
 7)Bさんの脳内電流の流れとして構成される。

 ざっくり説明するとこの様な手順になるわけです。ですからテレパシーというのは1から直接7を行う行為と言えるわけです。でも問題なのは、脳の電流をどの様に操作すれば1の内容を7に置き換えができるのかわからないという点です。AさんとBさんでは脳の構造が異なっていますので、例え同じ語彙であったとしても、同じ部位の同じ場所に同じ形の脳神経ネットワークが存在するかはわかりません。ですからどこの電流をどのように活性化すれば良いかはわからないのです。

●言語のエンコードとデコード

 では2から6へとショートカットできれば良いかというと、それもなかなかに難しいわけです。そもそもですね、同じ言語を話しているのでなければ、このショートカットは無理です。例えば全く日本語を知らない外国人に対して、いくら丁寧な日本語で話しかけても内容を理解してもらうのは無理です。エンコードやデコードに利用される語彙のセットがまったく異なるからです。

 同じ言語を話していれば大丈夫かというと、これもアヤシイ。例えば同じ日本語を話しているとしても、語彙量が異なると、エンコードとデコードが一致しないのです。例を挙げると、エンコード側が四字熟語や慣用句を詳しく知っている場合、これらを使って自分の頭の中にあるイメージを言語化すると考えられます。一方、デコード側がまったく四字熟語や慣用句に明るくない場合、言語化されたイメージを聴き取れたとしても、それを再度イメージに変換できるかと言われるとかなりアヤシイです。なぜなら四字熟語や慣用句で説明されても、その意味を知らないので。
 これをもう少し別の例で紹介すると、一時期の「意識高い系」と呼ばれる人たちがやたらとカタカナ言葉を使って話している内容を、周りの人が「この人、日本語喋ってるんだよね?」と感じたというのがありましたよね。あれです。

「今日のアジェンダをディスカッションするにあたり、インセンティブがどの様にコンシャスネスをエンパワーするかにフォーカスしよう。」

 こんな感じです。日本語を話しているからといって、持っている語彙が一致していなければ、共通認識は生まれません。

 では語彙まで一致していれば大丈夫かというと、それでも少し問題が残ります。それは生まれてからの経験に根ざした差です。
 筆者は大学で講義をする際に、最初の講義で次の質問をします。

「『雪』と聞いて、最初に浮かんだ言葉を3つ書きなさい」

 これですね、学生からは「雪遊び」「かまくら」「雪合戦」「スキー」「札幌」などの言葉が出て来ます。もちろん「白い」「冷たい」などもあるのですが、どちらかというと遊びに関する言葉が多い感じです。ちなみにほとんど関西出身者ですが、約40人の学生で3つともイメージが一致したのは2人だけでした。つまり「雪」に関するイメージで何かをする場合、イメージの共有をしなければ、まったく異なるシーンを頭の中に浮かべる可能性があるということを意味しています。
 さらに富山出身の知り合いに同じ質問をすると「重い」「しんどい」「飽きる」の3つを出されました。毎日2回の雪かきが必要だそうで、雪は重い、雪かきはしんどい、そして毎日やってると飽きるからのイメージだそうな。

 そうすると、同じ日本人であっても生まれ育った環境によっては、語彙から連想されるイメージが異なる事を示しているわけです。当然、宗教などが絡んでくると、様々なところで文化が異なるため、日本人であれば一致したイメージを持っているなどというのは幻想だということがわかるでしょう。
 そのため、他の言語を母語としている人々とイメージを共有しながら言葉を翻訳するというのは、かなり難しいことがわかります。ニュアンス変換という部分なのですが、単純に辞書に載っているとおりに単語を置き換えて直訳しただけでは、全く意図は伝わらないということです。
 こんな状態で意思疎通などできるとは到底思えません。「テレパシーだったら異星人とも意思疎通ができる」などというのは寝言でしかありません。そもそも同じ地球人類同士でもテレパシーで意思疎通ができるなどというのは不可能事に近いのです。

 ちなみにこの辺の話は2003年11月に開催された「CONTACT Japan 5」にて「辞書を作ろう」という分科会を主催しまして、その際にいろいろと話し合った内容も参考にしています。

●通信のエンコードとデコード

 これまでの話で実のところ、自分の持つイメージを言語化して送るというのはかなり難しいということがわかると思います。ここでテレパシーを使わないにしても、異星人との通信について考えると、更に難しい点が出て来ます。それは、どうやって情報をデータ化して送るか、という部分です。
 まず地球上での通信を例に挙げましょう。ラジオのAMとかFMというのは聞いたことがあると思います。これはAM変調、FM変調をそれぞれ意味しています。AM変調とは、ある信号を送る際に同じ周波数を使い、波の振幅を変化させることで情報をエンコードする方法です。
 一方、FM変調というのはある周波数を中心周波数とし、信号は周波数を変化させて送る形でエンコードしています。つまり、AM変調とFM変調ではエンコードの方法が異なるということです。ということは、AM変調でエンコードされて送られてきた信号をFM変調でデコードをしてしまうと、ただのノイズにしかならないことを意味しています。逆も又しかりです。変調の種類は上記の2種類以外にもデジタル放送で利用されているOFDM変調など、かなりの種類があります。

 それでも地球上では信号をどの様にエンコードしたのかを知っている状態ですから、デコードして信号を元に戻すのは容易いことです。しかし異星人に信号を送る場合はどうでしょう。こちらがどの様にしてエンコードしたのかを伝える方法はありません。ですからきっちりとデコードしてもらえるかどうかはわかりません。
 これはSETIで受信する電波についても言えることです。近年は電波通信のみならず、可視光レーザー通信の可能性も考え、電波望遠鏡で行われているSETI以外に、可視光望遠鏡を利用したOptical SETI(OSETI)も行われています。ですが、そもそも信号を受信できたとしても、どうやってエンコードされたのかを知ることができなければ、デコードのしようがありません。

●言語には暗黙の了解が多すぎる

 もちろんエンコード方法を何らかの方法で知ることができたとしても、そもそも共通語彙などあるでしょうか?できると思うのであれば、イルカのように泳ぐ生物に「歩く」と「走る」の違いを説明できますか?「移動速度の違いで説明できる」というのでは考えが足りていません。大人の早足で歩く速度と、小さい子どもが走る速度は同じくらいになる場合があります。
 大人でも運動不足の人が走る速さと、競歩の選手の歩く速度は同じくらいになりますよね。単純な移動速度だけで「歩く」と「走る」の違いを説明するのは無理です。このように、人間はこれまで生きてきた中で無意識のうちに認識を作りあげているものがたくさんあります。これが語彙のイメージにも結びついているわけですから、これらを「歩く」「走る」という概念を持っていない生命体に説明できるくらいにまで整理しない限り、言葉を説明できたことにはなりません。
 ですからここでもう一度言います。人類はどの様な言語であっても、自分たちの持っている語彙や単語の意味を説明できる状態になっていません。生まれ育った経験の中で暗黙の了解になっている部分があちらこちらにあり、その語彙を知らない知的生命体に我々が使っている言葉の違いを説明できるほどは整理できていません。そのため、もしテレパシーなどがあっても、自分たちのイメージを言葉として伝えることは不可能です。

●もちろん他にも障害はある

 他にも障害はあります。先に紹介した「CONTACT Japan 5」では「色や音を伝える方法を考える」という分科会があり、人間の場合は意思伝達の手法が視覚と聴覚に依っているが、もし音を使わずに香り(化学物質の伝搬)で意思疎通をする生物が相手だった場合、どの様にして音の概念を伝えるのか?なども話題になりました。また地球はG型恒星の周りを公転しているため、我々が可視光線と呼ぶ波長の電磁波を主に放出しています。ですから視覚もこの波長域に合わせて発達しましたが、G型恒星よりも数の多いK型やM型恒星では赤から赤外線を多く放出しますから、視神経もそちらの波長に対応しているはずです。すると、我々が光の三原色で観ている世界を説明するのはなかなか難しい。もちろん写真のイメージを見せること自体は可能かも知れませんが、同じ光景として見てはもらえません。
 逆に香りや味という化学物質をメインとしてコミュニケーション手段としている場合は、梶尾真治氏の「地球はプレインヨーグルト」の世界をガチでやらないといけません。それテレパシーで伝えられるとは到底思えません。

 ですからもしテレパシーを可能とするなら、自分たちの持っているイメージを、その文化的背景まで含めて説明できる状態にし、それを異なる文化で育った異なる構造の脳を持つ人の脳内電流に干渉して電位変動を引き起こす必要があります。しかも人物毎に脳細胞の結合が異なりますので、同じイメージを伝えるにしても、異なる人物には別の電位変動を引き起こさなければなりません。
 異星人が相手ともなると、そもそも基本のコミュニケーション手段すら違う相手に合わせる形で自分たちの世界を変換し、その上で脳があればですが、脳内電流に干渉して……という手順が必要です。そんなことができるとは到底思えないので、テレパシーで意思や意図を伝えるのは無理だというのが、このコラムでの結論です。

動物に人間の脳は移植できるか

 魔法で動物に姿を変えられた登場人物。ファンタジー作品にはよく出てくる設定です。古くはグリム童話の「かえるの王さま」が有名ですが、もっと古くから伝わる世界各地の神話でも似たような話が出て来ます。神様も動物に化けるしね。
 SF作品でも、脳を動物に移植する話が登場します。人間の脳のサイズを収められる動物でなければいけないのに、まれに小型犬に移植する話が出てくるので、それは脳容積的にどうなのよって思うこともあるのですが……。

 このように脳を移植されたり、魔法によって姿を変えられた人物は、一旦はその変化に戸惑います。ですが物語中ではいずれその状態に慣れ、人間の意識を保持したまま、本物の動物さながらの冒険をします。しかしそんなことは本当に可能なのでしょうか。

●「動物への脳移植」は可能なのか?

 まずはSFで出てくる脳移植について考えましょう。

 ミハイル・ブルガーコフの「犬の心臓」などでもテーマとなっていた、人間の脳を犬に移植する場合を例として検証します。本来であれば犬の脳を取り出して、そこに人間の脳を納めたいところですが、これには大きな問題があります。
 人間の脳の容積はだいたい1300cc程度です。一方、犬の脳の容積は犬種に依りますが70~150ccです。この段階でいろいろとアウトです。何しろ犬の脳の代わりに人間の脳を納めようとすると、体積の90%を捨てる必要があるからです。90%を捨てても人間の脳は機能を失わずに済むでしょうか?とてもそうは思えません。ですので、この段階で「犬に人間の脳そのものは移植できない」という結論が出てしまいました。

 でもこれだとあまりにも面白くありませんし、コラムとしてもイマイチです。そこで「人間としての能力を保ったまま犬に脳を移植できた」という前提で話を進めます。

●人間の脳は動物の身体用にはできていない

 しかし、この脳には次々と難題が降りかかります。

 まず周辺を確認するときに使う目、つまり視覚に大きな問題を抱えます。人間は赤・緑・青の3種類の錐体細胞を持っているため、RGBの3原色で世界を識別しています。ところが犬は緑と青の2種類しか持っていないため、GBの2原色でしか世界を認識できません。赤は緑と区別がつかないようです。
 また視力も0.3程度で、世界はぼやけて見えています。この視力では離れた所にいる知り合いを探すというのは難しいでしょう。
 さらにこういう身体に人間の脳を入れるわけですから、人間の脳もぼやけた2原色の世界に慣れる必要があります。ですがあまりにも長い期間この状態が続くと、その間に赤の錐体細胞からの信号を受け取る神経細胞が消えてしまい、いざ人間の身体に戻ったときには色盲を患っている可能性があります。
 逆に鳥類ですと4種類の錐体細胞を持っているため、世界を4原色で見ています。これも苦労しそうです。
 
 次に聴覚です。人間が20~20000Hzの音を聴いているのに対し、犬は65~50000Hzの音を聴いているとされています。可聴域はほぼかぶっていますので、人間が話している内容をそのまま聴き取れるのはメリットかも知れません。ただし、移植された脳が20000~50000Hzの音をどの様にして処理するのかは気になるところです。そんな処理系を脳内に構築しても大丈夫でしょうか。
 これも人間の身体に戻した際、トラブルの元になりそうです。最悪は人間の可聴域外は何らかのフィルターを通すことでカットしてしまうという手もあります。その場合は30000Hzだと言われている犬笛の音が聞こえないなど、他の犬とのやりとりで問題を生じそうです。まぁその前に犬の言葉がわかるのか?という問題もありますが。

 3番目は嗅覚です。犬の嗅覚は人間よりも優れていて、ニンニク臭は2000倍、酸臭ではなんと1億倍も敏感だそうです。こんな信号を脳に放り込まれると、耐えられないんじゃないかな。逆にこの感覚が普通になってしまうと、人間の身体に戻ったときには匂いを感じられなくなるのではないでしょうか。そう、新型コロナウィルス感染の後遺症のような感じですね。これもフィルターで何とかするという手が使えるかも知れません。

 ですが何よりも問題だと思うのは身体コントロールに関する部分です。人間は二足歩行をしていますから、犬のような四足歩行には慣れていません。人間の身体は前肢と後肢の長さが大きく異なり、そもそも四足歩行ができるようになっていません。
 四足歩行に慣れてしまった脳は、無事に二足歩行を行えるのでしょうか。それこそ赤ん坊がつかまり立ちをするところからやるようなリハビリが必要になりそうです。

●魔法なら大丈夫なのか?

 というわけで、犬を例に挙げましたが、他の動物であっても人間の脳を移植してその動物になりすますのはかなり困難だと考えられます。そもそも脳というのは、その身体を前提にした機能を持っているわけですから、身体のつくりが異なる他の動物に移植しても上手く動くわけがないし、動かせるようになると今度は人間の身体へ戻せなくなります。

 というわけで、科学的というか、医学的に移植することは難しいということが何となくわかったと思います。では魔法でその動物に変えられてしまったという設定の場合はどうでしょう?こちらもそう単純ではありません。

 例えば「かえるの王さま」の王さまはカエルとして生きていたのです。となると当然食事もカエルと同じになるはずですが、カエルの食生活はOKだったのでしょうか。これ、犬とか猫でも同じです。
 人間に対して話しかけようとしても、基本的には喉の構造が異なりますのでほとんどの動物は人間の言葉を話すことはできません。また、喉を振動させて鳴くタイプの生物は呼吸を意識して止めることができる、つまり呼吸のコントロールが可能でないと発声ができません。一部の鳥はこれが可能ですが、カエルは無理です。
 というわけで、コミュニケーション上も、食生活などの面でも、人間が他の生物になるというのはかなり問題があると言えるでしょう。

●人間を他の動物に(見えるように)する方法

 しかしこのコラムはこの難問を科学的に何とかするものです。そこで移植は諦め、魔法を使わずに何とか他の動物の姿になる方法を考えてみます。折角なので犬にしか見えないようにする方法を3つ考えてみました。

1)認知阻害
 これは第三者からは認識阻害によって犬にしか見えないという方法です。催眠術などが当てはまります。対象者は人間の姿のまま活動可能ですが、周りからは犬にしか見えません。触感まで含めて五感すべてが認識阻害できれば完璧です。
 ただし、周囲に新しい人が現れる度にその人物も認識阻害状態に置く必要がありますので、その手間をどうやって自動化するのかというロジックが必要です。また、この方法では機械はごまかせないので、完全とは言えません。
 
2)容姿変換
 これは光学迷彩(透明マント)の応用です。光学迷彩はナノマテリアルなどを使って光の通り道を変化させ、それによってそこにいることがわからないようにする技術です。これを応用し、そこに犬がいるように見えるよう、光学情報を変換してしまうわけです。これであれば認知阻害の時の様な問題は生じません。機械もごまかせます。
 ただし、こちらは触りに来られるとばれますし、重量もごまかせないので、やはり完全ではないと考えるべきです。

3)脳チップ
 移植するというコンセプトは活かしつつ、「人間の脳をそのまま」というのは諦めた方法です。デジタルチップに人間の記憶や思考のクセを移植し、それを動物に埋め込むのです。動物の脳はそのままに、デジタルチップを埋め込むだけにすれば、人間の意識と動物の脳は切り離しができますので、その間の接合部分を上手く処理すれば何とかなりそうです。まぁ人間そのものではなくなりますが……。

●次元を増やせば何とかなるかも

 最後に極めつけのぶっ飛んだアイデアも4つ目として紹介しましょう。

4)4次元空間生命体
 人間も含めすべての生物は4次元空間での生命の一部だと設定する方法です。私たちは3次元の生物ですから、次元を1つ増やすのです。
 4次元空間は超空間と呼ばれます。ちなみに2次元で原点から等距離の図形は円、3次元だと球ですが、4次元では超球といいます。
 このアイデアでは、人間を含めすべての生物は同じ姿をした4次元生物の、ある3次元断空間であるとします。3次元の立体に対する2次元の断面みたいなものです。ある断空間で見ると人間なのですが、少しずらすと犬や猫、カエルや鳥など、別の生物に見えるということにするわけです。魔法や進んだ科学技術はこの断空間の位置をずらす作用をすると設定します。
 こうすると、本体はあくまでも4次元生命体ですから、人間の意識を持ったまま犬になれます。また犬を人間に化けさせても性格や行動は犬のままですので、動物を人間に変化させる系の物語でも使えます。
 ついでに言えば、4次元生命体の意識がリセットされることにすれば、輪廻転生で来世は犬だとか、前世はカエルだったとかという設定にも応用可能です。前世はシリウス星人だったとかいう電波な話にまで対応させるかどうかは、作家次第ですけど。

●参考文献
 ・「色覚を考える展(https://www.color.t-kougei.ac.jp/content/file/collab_g180514.pdf)」 東京工芸大学
 ・「鋭敏なのは嗅覚だけじゃない! 犬たちの超感覚(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20140617/403054/)」 ナショナル・ジオグラフィック日本語版
 ・「犬の感覚器官(https://www.policedog.or.jp/chishiki/kankaku.htm)」 公益社団法人 日本警察犬協会
 ・「4次元の不思議な世界を覗いてみよう!!(https://www.tsuyama-ct.ac.jp/matsuda/eBooks/%EF%BC%94jigen.pdf)」 津山高専
 ・「4次元世界の動物の形を考える(https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/0870-19.pdf)」

地球にケンタウロスは存在しない

 前回はタコ型の火星人を考察しましたが、今回はファンタジーで出てくる生物が地球上の自然界には存在し得ない理由を説明します。特にケンタウロスとかペガサスあたりが対象になるかな。

 さて、神話やファンタジー作品に出てくるケンタウロスと言えば半人半馬の生き物です。上半身が人間で、下半身が馬というのが定番です。これ、ちょっと考えるとおかしいことに気が付くはずです。上半身は人間ですので2本の腕を持っています。一方、下半身は馬ですので4本の脚があります。合計すると6本ですよね。

「何がおかしいんだ?」

 そう思う方もいらっしゃるでしょう。これ、実は大変おかしいのです。そこで、まずは人間について考えてみましょう。ちょっと長くなりますがお付き合い下さい。

●そもそも「人類」とは?

 今の人類は系統樹分類から行くと、次のようになります。

 真核生物-動物界-真正後生動物亜界-新口動物上門ー脊索動物門-脊椎動物亜門-
 四肢動物上綱-哺乳綱-真獣下綱-真主齧上目-真主獣大目-
 霊長目(サル目)ー直鼻猿亜目-真猿型下目-狭鼻小目-
 ヒト上科ーヒト科-ヒト亜科-ヒト族-ヒト亜族-ヒト属-ホモ・サピエンス

 例えばアウストラロピテクスは「ヒト亜属」まではホモ・サピエンスと同じです。イヌは「真獣下綱」までは同じで、その先は「ローラシア獣上目-食肉目」に属しています。
 人類は2本の腕(前肢)と2本の足(後肢)を持っています。イヌは4本足ですが前肢と後肢を2本ずつ持っているという点では人間と同じです。これが哺乳類(哺乳綱)と同列のところに位置している両生類、は虫類、鳥類であっても、前肢2本・後肢2本という組み合わせは変わりません。鳥の場合は前肢が翼になりました。
 これは「四肢動物上綱」というところに属している生物の特徴です。四肢動物以外の「脊椎動物亜門」には魚類があり、四肢動物の前肢は魚類の胸びれが、後肢は腹びれが変化して出来たものだと考えられていますので、「脊椎動物亜門」に属する生物は基本的に「四肢またはそれに相当する部位を持つ」生物だと言えます。

●「六肢動物」という分類はない

 一方、ケンタウロスはどうかと言えば、四肢動物が前肢と後肢の2対しか持っていないのに対し、3対を備えています。つまり生物としては六肢動物という扱いです。ちなみにペガサスも馬の姿の2対の脚と、1対の翼ですから、これも六肢動物と言えるでしょう。

 さてここで大きな問題が出て来ます。四肢動物は哺乳類だけでも5000種以上、四肢動物上綱全体では3万種以上の種が存在しています。すでに滅んでしまった種も含めるともっと多くなります。魚類まで含めれば6万6000種以上が存在しています。
 一方、今の地球に六肢生物がそれだけいるでしょうか?少なくとも6本足の猫っぽい生物がいるとか、6本足のカエルっぽい生物がいるという事実は今のところありません。また進化してきた道筋のわかる生物が化石として発掘されたという話もありません。つまり同じ系統樹分類に属する生物がいないわけです。そのため、地球上にはケンタウロスやペガサスが生物として進化してきて存在するという道筋はありませんし、過去にも存在していませんでした。
 もし存在させるならば、人工的に造るしかありません。それはそれで脳の構造とかをデザインするのが大変そうですが。

●「異世界生物」の作り方

 というわけですので、作中にどうしてもケンタウロスやペガサスを登場させたいのであれば、作品の整合性を考えれば、次のどれかに該当させるのが良さそうです。

1)完全なファンタジーとして世界を構築する。その際、科学考証や現代科学によるチートは一切入れない。
2)人工生命体として造られたという裏設定を用意しておく。そうすればちょっとした科学考証を入れてもクリア可能。
3)登場してもおかしくないだけの世界として、世界そのものを構築しておく。

 ではそれぞれを詳しく見ていきましょう。1)についてはそもそも物理法則なども地球とは変えてしまうと良いでしょう。何しろファンタジーですので、科学の法則などガン無視です。当然のことながら現代の科学技術に関する知識は一切役に立たないくらいの方が良いので、理系の人物が転生したり転移したりしても、科学技術の知識を使ったチートが一切行えない、っていうくらいが望ましいです。うん、知識が全く通用しなくてあたふたする主人公というのも面白そうです。そのうちそういう設定の作品を書いても良いかもしれない。

 2つ目のタイプは、例えば「太古に栄えた文明が人工的に造った生命体である」ということにすれば、全部クリアできます。ただし、滅びずにキチンと残り続けるための歴史とか、さすがに全く進化しないというのもアレなので、「昔と比べるとこんな風に変わった」というエピソードやセリフを散りばめることによってよりリアリティーが出ます。

●「異世界」そのものを作り上げよう

 3つ目は完全に新規で世界設定から作り上げる方法です。この際、人間も同時に出すのであれば、四肢動物と六肢動物が同じくらいの数出てくる世界としておくのが望ましいと思います。または完全に六肢動物しかいない世界に四肢動物の主人公が紛れ込んでしまうというのも手ですね。その場合、主人公の境遇はかなり特殊になるでしょう。

「あいつは脚が2本しかない可哀想なヤツだ」
「脚が2本しかないのに、どうして立っていられるのか」
「脚が4本ないなんて気持ち悪い」

 こういうことを言われる設定が必要です。もしくは同じ世界に「腕が4本で足が2本」の生物を出すのも良いでしょう。その代わり、やはり次のように言われるわけですけれどもね。

「あいつは腕が2本しかないぞ。突然変異体か?」
「腕が2本だと(4本あるのが基本の道具ばかりなので)生きて行くのしんどいよな」

 では、六肢動物の世界があるとしたら、どこにあるのでしょうか。もしそれを人工生命体としてではなく、自然に進化してきた生命体として設定したいのであれば、可能性としては2つです。

●「異世界」はどこにある?

 まず1つ目。地球のパラレルワールドです。生命発生の初期の頃、何十億年も前、もしくはカンブリア爆発の起こった6億年くらい前に分岐したパラレルワールドという設定です。ですから遙か昔に分岐して分かれた世界線の地球と言い換えても構いません。そこでは四肢動物は絶滅してしまい、六肢動物のみが生き残っています。そのパラレルワールドの地球では翼が2対で脚が1対の鳥類、逆に脚が2対で翼が1対の鳥類がいます。ネズミなども前肢、中肢、後肢と脚が3対あります。カエルもぴょこぴょこと跳ねるための後肢以外に、2対の脚を持っているはずです。哺乳類などの四肢動物が六肢動物に置き換わっている以外は、地球と同じ様な生態系がそこにはあると考えて良いでしょう。

 2つ目は地球とはまったく異なる、宇宙のどこかにある惑星です。その大きさや重力、空の明るさや海の広さなどは、地球とまったく異なります。もしかしたら地球に似たような環境の惑星があるかも知れませんが、異なる環境の惑星の方が設定を造りやすいかも知れません。例えば、地球よりも大きく、そのために重力が大きい惑星である「スーパーアース」を考えてみます。最大で質量が地球の10倍くらいの大きさを持っている惑星です。
 例えば地球の10倍の質量を持つ惑星で考えてみましょう。構成している元素とその比率が地球と同じ場合、この惑星の直径は地球の約2倍です。すると、質量が10倍で直径が約2倍ですから、表面重力は地球の約2倍です。そのため、この惑星では地球よりも大気圧や海洋での水圧が高くなります。
 この惑星で生き残るためには、どの様な能力を持つ生物が有利でしょうか。地球と同じ様に生命が海で発生したとすると、捕食する側、される側ともに速く泳げる方が、同じ速さであれば高い機動性を持つ方が有利です。地球の魚の場合、速さは尾びれの形状と大きさ、機動性はひれの位置や形状が関係しているとされています。もしかしたらひれの数が多ければ、様々な形状のひれを持つ事によって機動性を上げやすくなる可能性があります。水圧が高く、そのために密度の高い海水中では機動性の高い生物の方が有利になるかも知れません。仮に「ひれの多い方が有利だった」という設定をしてしまえば、六肢動物に至る道筋を作ることができます。

 実は「国立博物館物語」の中に、「ケンタウロスを発生させるため、六肢動物をコンピューターシミュレーション上で進化させる」という話がありました。結末についてはここでは触れませんが、6本の脚を持つ様々な動物の姿が描かれていますので、ご参考下さい。

●おまけ

 ここまでは「六肢動物は地球上にはいない」という話でしたが、実は6本の脚を持つ生物であれば地球上にも存在します。もっと言えば8本の脚を持つ生物などもいます。6本脚の生物というのは昆虫類です。

 真核生物-動物界-真正後生動物亜界-脱皮動物上門ー節足動物門-六脚亜門-昆虫網

 これを見てもわかる通り、「新口動物上門」に属する人間や哺乳類と比べると、「上門」レベルから異なる生物群であることがわかります。ですが、例えばカマキリの仲間は2本の前肢(カマ)と4本の移動用の脚を持っていることから、「ケンタウロスっぽい生物」と言えなくもありません。
 ただし脊椎動物と同じ脳はありませんので、まったく異なる生物であるという認識が必要です。はしご状神経系から進化した脳っぽいものはありますが、何しろ頭がなくなっても生きていますから。でも脚と腕の動かし方などは、ケンタウロスの設定を行う際の参考にできるでしょう。

●参考文献
 ・「遊泳・飛翔生物の運動の非定常性と波動性について」 劉浩,バイオメカニズム学会誌,Vol. 34, No. 3 (2010)
 ・「国立博物館物語」 岡崎二郎著、小学館刊
 ・「レジェンド」 神無月紅著、小説家になろう
 ・「異星人の作り方」 CONTACT Japan編
 ・「科学 IN SF」 ピーター・ニコルズ著、小隅黎監訳、東京書籍刊

古典SFの火星人はタコではない

 火星人が地球に攻めてくるという内容で有名になったハーバート・ジョージ・ウェルズ(H.G.ウェルズ)の「宇宙戦争」という作品。ここで登場した火星人は大きな頭を持ち、手足がひょろひょろのタコのような姿で描かれていることで有名です。
 ですが、実はタコをモデルにしたわけではないということはご存知でしょうか?あの姿は人類を火星に適応させ、遥か未来にはどのような姿になるかを考えたものなのです。

 そう聞くと「え?未来の人類はタコみたいになるの?」と驚かれる方もいるでしょう。今回は、火星人は一体何故、どのような理由であのような姿になったのかを追いかけてみましょう。

●火星に発見された「運河」

 火星人が地球に攻めてくる「宇宙戦争」という作品が出版されたのは1898年のことですから、20世紀になる直前です。
 ストーリーは、ある日、火星表面を観測していた天文学者が火星表面での発光現象を発見します。その後、連合王国(イギリス)各地に、3本足の機械が現れ、人間を襲い出すというストーリーでした。この機械に搭乗していたのがタコのような姿の火星人だったのです。
 実は「宇宙戦争」が発表される少し前、1877年に火星が大接近した際に、ミラノ天文台長だったイタリア人天文学者ジョヴァンニ・ヴィルジニオ・スキャパレリが口径22cmの屈折望遠鏡で火星を観測し、その表面に筋状の模様があることを発見しました。その後、彼は1879年、1881年の観測結果と合わせて、火星の表面にはイタリア語の「canali(溝、水路)」があると発表しました。彼の意図としては自然地形であるというつもりだったようです。
 ところがこれが英語では「canals(運河)」と翻訳されてしまったことで、人工的な運河があると勘違いされてしまったのです。これが火星に知的生命体がいるとされる発端となりました。
 「宇宙戦争」が発表される直前の1895年には、「火星の運河」に魅了されたアメリカの天文学者パーシバル・ローウェルが、観測結果をまとめた書籍「Mars」を出版。1906年に出版した「Mars and its Canals」には火星の表面にある運河は火星人によるものであるとしていました。
 そうなると火星に運河を作るような知的生命体はどの様な姿をしているのかということに注目する人も現れます。19世紀末から20世紀にかけての時代というのは、そういう話題が宇宙や科学の好きな人々の間で盛り上がっていた時代でもありました。

●太陽系のでき方(20世紀初頭の理論)

 さて、では火星人の姿というのはどの様に想像すれば良いのでしょうか。人間と同じ姿でしょうか?「宇宙戦争」では異なる姿として「科学的に考えた結果」が掲載されました。その想像を行う際に重要となったのは、太陽系がどの様に進化してきたか、です。
 当時の太陽系形成理論は今のものとは異なります。現在は太陽を取り巻くガス円盤内にある塵がくっつき合って微惑星となり、それらが合体を繰り返して原始惑星ができたと考える京都モデルと、その修正版であるニースモデルやグランド・タック・モデルが主流です。京都モデルは林忠四郎を中心としたグループが1970年の論文を皮切りに研究を重ねて確立しました。ですから1900年頃にはまだ存在していなかったのです。
 では当時の太陽系形成理論はというと、ドイツのイマヌエル・カントやフランスのピエール=シモン・ラプラスが18世紀に唱えた星雲説(日本では星霧説とされたこともある)が中心でした。原始太陽系を形成するガス雲から惑星が形成されたと考えていますが、太陽からの距離が遠い場所から星雲がリング状に分離していき、1つのリングから1つの惑星が生まれるというものでした。外側の惑星から順番に冷え固まってできていくという考え方です。つまり地球と火星を比較すると火星の方が先に冷えてできたので、知的生命体による文明が発達しているとすれば、地球よりも進んでいるはずだと考えられていました。逆に金星は地球よりも後に冷えて固まったので、まだ太古の恐竜時代くらいかもしれないと考えられていたのです。
 金星を現在よりも数千万年から1億年程度前の恐竜時代くらいだと考えていたということですから、逆に火星は数千万年から1億年くらい先に進んでいると考えること自体、不思議なことではありません。すると数千万年後の人類の姿を想像する必要があります。それこそ400万年前に発生したアウストラロピテクスと現生人類であるホモ・サピエンスとの差など、小さなものだと思えるほど変化している可能性があるわけです。

●火星人の作り方

 そこで人類の姿がどの様に変化してきたのかを追いかけ、それが未来にまで続くとするとどの様な姿に変化するかを考えました。
 まず人類は脳の容積が進化に伴って大きくなってきたことから、進化が進むにつれてさらに頭部が大きくなると想定しました。身体の表面は猿人の頃は体毛に覆われていましたが、徐々に体毛は薄くなり、そもそも体毛の生えない部位も増えています。そのことから遙か未来の人類は完全に体毛がなくなると考えるのが良さそうです。また脳の放熱を考えても、熱を保持する髪の毛も邪魔者でしかありません。余談ですが、頭のはげている人は「未来人的である」と言い換えることができるというネタもあります。
 では身体の形状はどうでしょうか。縄文時代や弥生時代と比較すると、重たいものを持つ必要も無くなり、移動も車などの機械を利用することが増えましたから、腕や足の筋肉量は減ってきています。つまり腕や足は細くなってきています。火星の場合は重力も地球と比較すると弱いため、身体を支えるにはもっと細い足でも困らないはずです。
 消化のための内臓、胃や長い腸を納めている身体も、消化の負担が減るともっとコンパクトになると考えました。食べ物を咀嚼するための歯も、どんどん柔らかいものを食べるようになっていけば、不要になるかもしれません。少なくともものを噛みきるのに使う犬歯については、今の人類は過去の猿人に対して鋭さが減っていると考えて良さそうです。
 どうでしょう。大きくなった頭、コンパクトになった胴体、細い腕と足。口には歯もなく全身がつるつる。そのように進化していくはずという考え方が「火星人はタコのような姿をしている」と想像されたベースとなる理屈です。

●想像上の火星人はたくさんある

 ただし、「宇宙戦争」で採用された火星人の姿はタコに似たような姿をしていましたが、別の姿を想像していた人もいました。火星の大気は地球と比べると大変薄いことがわかっていました。ですから薄い空気を大量に吸い込むため、胴体の中でも肺だけはコンパクトにならず、大きくなったのではないか。また音を聞き取りやすくするため、耳は巨大化しているのではないか。
 頭が大きく手足は細いものの、大きな肺の入った胴体と大きな耳を持つ、頭と胴体がデブで、手足がひょろひょろの火星人なども想像図が描かれています。
 ですが、その他のSF作品に出てくる火星人はほとんど地球人と同じ姿をしたものでした。ある作品では火星の姫君を助ける地球のヒーローというストーリーの都合上、タコ型の火星人を助ける地球人というのは想像しにくかったのでしょう。またタコ型の異星人と一緒になって怪物と戦うというストーリーも、読者には想像しにくかったのかもしれません。火星人に限らず、その後のSF作品で描かれる、地球人と仲間になって戦う異星人は「地球人と似ているが少しだけどこかが異なっている」という姿が多いのも、視聴者の共感を得やすいことを意識している可能性があります。

●異星人とのコミュニケーションは難しい

 実のところ、人間は人間型をしていない生物に共感できるかと言われると、かなり難しいものがあると考えるべきでしょう。人間同士がコミュニケーションを取る場合、言葉によるバーバル・コミュニケーションからの情報は約20%に過ぎず、身振りや手振り、表情や声のトーンなどのノンバーバル・コミュニケーションの方が圧倒的に優位だという研究もあります。このことから、似たような姿をしている者同士の方がコミュニケーションを取りやすいと無意識のうちに選別している可能性があります。
 例えばクジラやイルカは声などによるコミュニケーションを取っているとされていますが、人類と同じ知的生命体であるとみなしているかと言えば微妙でしょう。逆にアリやハチなどの社会性昆虫も相当に高い知的活動を行いますが、知的生命体であるとみなしているかと言えば、これも微妙でしょう。彼らは人間の姿とあまりにも異なるため、人間の活動を基準で考えてしまい、彼らの活動を知的とみなせていないだけなのかもしれません。
 もっとも「何を以て知的であるとするのか」「知的生命体の定義は何か」は議論が必要な命題です。これについては他の機会で書こうと思います。

 いずれにせよ、もし遙かな未来の物語を書こうとするなら、人類の進化の行き着く先の姿を想像して書くべきでしょう。何万年も先の未来で、しかも今とは異なる科学技術文明を発達させた人類の姿は、今の私たちとは似ても似つかない姿に変貌している可能性もあります。タコのようになっているかはわかりませんけど。

●参考文献
 ・最新科学論シリーズ10「最新太陽系論」 矢沢サイエンスオフィス編、学研刊
 ・「天文地学講話」 横山又次郎著、早稲田大学出版部蔵版
 ・「火星に魅せられた人びと」 ジョン・ノーブル・ウィルフォード著、高橋早苗訳、河出書房新社刊
 ・NHK市民大学「宇宙の科学史」 講師:中山茂、NHK出版刊
 ・NHK人間大学「宇宙を空想してきた人々」 講師:野田昌宏、NHK出版刊
 ・「地球外文明の思想史」 横尾広光著、恒星社厚生閣刊
 ・天文学事典(https://astro-dic.jp/)