通勤電車にて

 私はサラリーマン。四十二才、妻子持ち。毎日一時間五十分かけて電車を二つ乗り継ぎ、出勤している。当然朝はものすごく混む。満員電車というやつだ。今日はそんな私の通勤風景をお届けしよう。
ホームに電車が入ってくる。一本やり過ごしているので私は列の一番先頭に立っている。そのため私は確実に乗れるが、後ろの方に並んでいる確実ではない人々に押されて、だんだん前へと押しやられる。それを何とかくい止めていると、ようやく電車は所定位置に止まり、扉を開けた。今日も戦いの始まりだ。
降りる人は少ない。今日も場所が少ないことにがっかりしながら、取りあえず乗り込む。イテテテ、後ろからそんなにギューギュー押すな。おい、そこの若いの。リュックは背負うな、手に持て。痛いじゃないか。あ、くそ、今日はおばさんか。昨日は若い女性が前にいて、結構「ラッキー」とか思ったのに。おばさん、化粧濃いよ。香水の匂いでむせそう。何でそんなにきついのをつけるんだ?
そう思っているうちに電車は扉を閉め、やがてゆっくりと動き出す。ようやく車内も落ち着きを取り戻す。しかし何だな、あのウォークマンは何とかならないのかね。シャカシャカ音が漏れててうるさいったらありゃしない。何で誰も注意しないんだ?それに電車が揺れるたびに押しつけられるリュックも何とかして欲しいもんだ。
お?どこかで電話が鳴ってる。あ、あそこの若い女の子か。おいおい、この混雑の中だぞ。友達とだらだら喋る電話なんか切れよ。しかも大きな声で喋りやがって。周りの人も迷惑してるじゃないか。あ、今度はあっちでどっかのサラリーマンが・・・あいつは営業か。こんなところで挨拶まわりみたいな電話はやめろって。そこで頭下げてもわかんないってば。
はー、やれやれ。そろそろ次の駅だな。そこで電話も終わるだろう。お、減速が始まった。こらこら、ちょっとは耐えろよ、そこの人。このままだと俺が倒れるだろ。イテテテ・・・こらえろって!ふぅ、何とか保ったかな?あらあらあら?鞄が持って行かれる。引っ張り寄せないと。おいおい右腕だけがあさっての方向だよ。アイタタタ。そんなにギューギュー押されたって、もう乗れないよ。ほら駅員も言ってるだろ。それよりこの体勢を何とかしないと次の駅まで片足で踏ん張るのは無理だぞ。
あーあ、結局そのままになっちゃたよ。はやく次の駅に着かないかなぁ。だんだん右足が震えてきたよ。何とか左足にチェンジできないかなぁ。だめだ、鞄があっちに行ったままでビクともしない。
次の駅に着いた!ここで大勢降りるはずだが、この体勢のままだと今日もやばいぞ。おいおいおい、俺は降りないんだってば。そんなに押すなよ鞄が・・・あ、足が電車とホームの間に落ちる!こら、俺は電車に残るんだって言ってるだろ。そっちは改札へ向かう階段じゃないか。冗談じゃない。おれはあの電車に乗るんだ。まだまだ先の駅まで行かなきゃいけないんだ。おい、人の話を聞けよ!お前らそんなに雑然と改札に向かうと・・・ほら、あそこにも困ってる人がいるじゃないか。だーかーらー、俺は電車に、あ、発車のベルが鳴ってる。頼む、電車に乗らせてくれ!これに乗らないと遅刻するんだって!あ、すみません。違います!痴漢じゃないです!あの電車に乗らないと遅刻するんです!お願い、放して。うわ、こんな時だけ協調するな。うわ、なんか球団優勝じゃあるまいし、そんな、鉄道警察まで胴上げ状態ですか?ああ、これはこれで気持ちいいもんですねぇ・・・なんて言ってる場合じゃない!だから違うんですって、勘違いなんですって!

 今日も遅刻した。会社で怒鳴られるのはいつものことだ。なんで一時間で通勤できる距離なのに二時間近くかかるかって?そんなの毎日鉄道警察まで胴上げされてたら仕方ないじゃないですか。要領が悪いって?そう言われても・・・大体みんなはどうしてあんなにすいすいと満員電車の中を行き来できるんです?慣れ?コツ?他人を気にするな、ですって?私は他人の行動を気にするから嫌がらせを受けるんですか?でもあれはみんな困ってるじゃないですか。え、困ってる奴は嫌がらせを受け、無関心な人はそのまま素通り?そんなの狂ってますよ!え、狂ってるのは私?
明日から来なくていいって、クビですか?一体私がどんな悪いことをしたと・・・は?パソコンを使って在宅勤務?すると私の日常はどこへ行っちゃうんですか?え?通勤電車のない、家から一歩も出ない新しい日常が始まるですって?それもちょっと・・・何とかなりませんか?ねぇ、部長、部長ってば!