「準惑星」はスジが悪い(個人の意見です)

 2006年にプラハで開催された国際天文学連合の総会で、冥王星が惑星から準惑星に格下げされたというのは知っている人も多いでしょう。今回はその経緯を含めて再考し、この「準惑星」という天体の定義が如何にスジの悪いものであるかを見て行きたいと思います。

●なぜ冥王星降格議論が始まったのか

 そもそも20世紀には太陽系の惑星は9つであるとされてきました。太陽に近い順から水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星です。それ以外に火星と木星の間には小惑星帯があり、海王星軌道から遠方にはトランス・ネプチュニアン、そしてエッジワース・カイパーベルトと呼ばれる、惑星にはなれなかった小さな天体があるという認識でした。
 ところが望遠鏡が大型化し、さらに撮影もフィルムからCCDなどの電気素子を使ったカメラに変わってくると、今までは写らなかった暗い天体が数多く見つかるようになりました。
 太陽系内の天体は、太陽の光を反射して光っています。その明るさは、ざっくりというと次の式で決まります。

「天体の明るさ=反射率×太陽からの距離の二乗×見かけの面積」
 
 ですから「暗い」というのは、あまり太陽の光を反射しない、太陽からの距離が遠い、または天体が小さいなどが原因になっているわけです。本当は「地球からの距離が遠い」というのもあるのですが、それは一旦忘れても良いでしょう。

 1990年代以降、この「暗い天体」が数多く見つかり始めました。特に、見かけの面積はそれなりに大きいのに、太陽からの距離が遠いために暗い天体が、です。中には冥王星の大きさに近い天体も含まれていたことから、「惑星の数を増やそう」という話もあったほどです。
 そしてエリスという、冥王星よりも大きい天体(現在では冥王星よりも少し小さいと考えられています)が発見されたことで、この論争が天文学者の間で大きくなりました。

●「準惑星」が定義された経緯

 でもエリスの発見ですぐに冥王星が準惑星になったわけではありません。当時、「惑星の定義をどうするべきか」については幾つかの案がありました。
 一番最初に提案されたのは、「基準を示して惑星の数を増やす」と言って良いものでした。次の2つの両方の基準を満たす天体を「惑星」にするとしたのです。
「自己の重力が剛体力に打ち勝ち、静水圧平衡にあると推定される十分な質量を持つ天体」
「恒星の周りの軌道にあり、恒星でも惑星の衛星でもない天体」
 この定義に従えば、冥王星は惑星のままで、冥王星の衛星であるカロンも惑星であると考えられます。正確に言うと冥王星-カロンは二重惑星だということです。
 また小惑星であるケレスも「惑星」に昇格します。他にもマケマケ、ハウメア、クワオワー、セドナ、オルクスなどが候補に挙げられました。
 この定義の下では、太陽系内で太陽の周りを公転している天体は「惑星」と「それ以外」に分けられます。「それ以外」の天体は「太陽系小天体」と定義されました。
 そしてこの定義に従う限り、その後も大量の「惑星」が発見されるだろうということが容易に想定される状況になったのです。

 すると「本当にそんなに惑星の数を増やすのか?」という問題意識が出てきました。そこで出て来たのが、先の2つの基準に追加される形となった、次の基準です。

「その軌道近くから他の天体を排除している」

 これは、その軌道またはその軌道の周辺を1つの天体が占有しているということです。この定義に従えば、小惑星帯にあるケレスは他の天体を排除しているとは言えません。冥王星も軌道の近くに多くのエッジワース・カイパーベルト天体を擁しているために、「惑星」の基準からは外れるというわけです。
 この定義は2006年8月24日にチェコのプラハで行われた国際天文学連合総会にて採決されました。

●「準惑星」のどこが問題なのか

 すでに「宇宙戦艦ヤマト2199」では冥王星は準惑星として登場します。いろんなところで準惑星という言葉は定着しつつあると言えます。そして本来なら存在しないはずの「小惑星」という言葉はいつまでも消えずに残り続けています。本来なら「太陽系小天体」としなければならないはずなのですが。
 でも、この準惑星という定義は非常に問題をはらんだものです。それを説明しましょう。

 何と言っても問題なのは3つ目の基準です。

「その軌道近くから他の天体を排除している」

 すでに「木星軌道上にはトロヤ群があるため、木星は『他の天体を排除している』とは言えないのでは?」という批判も出ています。もちろんこれに対しては「圧倒的な重力によってトロヤ群が存在する場所に集めて、コントロールしている」という反論が出ています。そもそもこの批判自体はこじつけに近い面がありますので、あまり気にしなくて良いだろうと筆者も考えています。
 ですがもっと問題なのは冥王星・カロン系の様に、二重惑星みたいになっている場合です。例えば先に紹介した「宇宙戦艦ヤマト」シリーズでは、ガミラス・イスカンダル系という二重惑星が存在します。また似たような設定の惑星系はロバート・L・フォワードの「ロシュワールド」でも出て来ます。
 これらの惑星はお互いの共通重心の回りを回っていることになりますので、どちらかがどちらかの衛星ではありません。こういった場合「その軌道近くから他の天体を排除している」とは言えなくなります。つまり、もし太陽系外にまで定義を広げてしまうと、ガミラスとイスカンダルは共に準惑星ということになります。もちろんこういう場合、新たに「二重惑星」の定義を作って「準惑星」とは区別するのかも知れませんが、その場合は「衛星」の定義とバッティングすることは目に見えています。
 そういう意味では地球・月系は何とか地球内部に共通重心がありますので惑星・衛星という関係が成り立っていますが、もし月がもう少し大きかったら、地球も二重惑星または準惑星扱いになっていた可能性があります。また「他の天体を排除している」という定義に基づけば、「はやぶさ」や「はやぶさ2」の目的地であったイトカワやリュウグウも地球軌道周辺を回っているため、そもそも地球自体が「他の天体を排除できていないのではないか」という意見もあります。

●太陽系外惑星の定義はどうするのか

 実はこの惑星の定義、太陽系内でしか通用しない定義だとされています。つまり他の恒星系では適用できない定義だというのです。先ほどガミラス・イスカンダル系が準惑星になるかもという話を書きましたが、太陽系でしか適用できないのであれば、ガミラスとイスカンダルは惑星ということになり、一件落着……というわけにはいきません。じゃあそもそも他の恒星系にも適用できる惑星の定義って何よ? という質問には答えられていないからです。

 実は惑星の定義を巡っては他にも大きな問題があります。1つは惑星と恒星の境目の問題です。太陽系の中で最も大きな惑星は木星ですが、他の恒星系では木星よりも遙かに大きな惑星が見つかっています。
 恒星は核融合反応を起こし、自ら光を放っているという事になっていますが、質量が小さくなればなるほど核融合は起こしにくくなります。核融合を起こしていない天体は褐色矮星と呼ばれていますが、この褐色矮星と木星のようなガス惑星の境目についての定義もありません。一応、重水素による核融合を起こすためには木星の13倍以上の質量が必要であるとされていますので、そのあたりが基準になるはずですが。

 もう1つ、元々は恒星の周囲を公転したいたにもかかわらず、他の惑星との重力相互作用によって恒星間空間に放逐されてしまった天体はどう呼ぶのか、があります。現在は「浮遊惑星」または「自由浮遊惑星」と呼ばれています。「宇宙戦艦ヤマト2199」で登場したバラン星などがこれにあたります。ですが、ここに「惑星」という言葉を入れても良いのでしょうか。

 最もしっくりくる定義は、最初に提案された基準ではないでしょうか。

「自己の重力が剛体力に打ち勝ち、静水圧平衡にあると推定される十分な質量を持つ天体」
「恒星の周りの軌道にあり、恒星でも惑星の衛星でもない天体」

 これが最もしっくりきます。これであれば直径や質量だけでほぼ決まります。残りは太陽系小天体。惑星の数は現在よりも大幅に増えますが、そもそも惑星を全部覚える必要はありませんし、「第○番惑星」みたいな数字によるカウントさえ止めてしまえば良いだけです。

●「衛星」の定義で揉めることになる

 もし準惑星のような現状の定義を残すと、今度は衛星の定義で揉めることとなります。現状では衛星に対する明確な定義はありません。せいぜい「惑星の周りを公転している」という程度です。
 そのため木星と土星には観測能力の向上に伴ってものすごい数の衛星が発見されるようになりました。特に土星は環を持っている関係上、小さな氷のかけらまで含めるとものすごい数の天体が周囲を公転しています。どんどん小さい天体を衛星と認定していくと、どこまでが衛星で、どこからが環の成分なのかがわからなくなるのは自明の理です。

 ですから衛星も次のように定義してしまってはどうでしょう。

「自己の重力が剛体力に打ち勝ち、静水圧平衡にあると推定される十分な質量を持つ天体」
「惑星の周りの軌道にあり、恒星、惑星ではない天体」

 そうすれば大きな天体のみが衛星として認定され、小さな天体は太陽系小天体として整理できます。そうなると火星の衛星であるフォボスとダイモスは「衛星」という定義からは外れてしまいますが。

●SFに出てくる「定義に困る惑星」達

 SF作家というのは、いろんなものを考え出すものです。先ほど紹介した「ロシュワールド」の惑星は奇妙な二重惑星の典型例です。ロシュローブを満たしてお互いの大気が行き来するような惑星は他に例がありません。これはそういう世界での出来事を考えるために科学的に結構細かく考えられた惑星です。
 一方、単に舞台として用意された変わった惑星達もあります。例えば田中芳樹の「灼熱の竜騎兵(レッドホット・ドラグーン)」に登場した38個もの地球大の人工惑星は、地球の公転軌道上に存在しています。重力的に安定するかどうかはわかりませんが、この世界が実現すると、地球自体が準惑星になりますね。

 重力的に不安定と言えばラリイ・ニーヴンの「リングワールド」も、かなり風変わりな「天体」と言って良いでしょう。何しろその恒星系にいた異星人が過去に住んでいた惑星を分解して恒星の周りに巨大なリングを作って住居を作れる面積を増やした天体ですので。すでに「自己の重力が剛体力に打ち勝ち、静水圧平衡にあると推定される十分な質量を持つ天体」という基準を満たしていませんので「惑星」とは認められないでしょうけど。

 「宇宙戦艦ヤマト 完結編」に登場した水の惑星アクエリアスは「回遊惑星」などとされていましたが、現在の天文学上の分類で言えば「自由浮遊惑星」となります。ただ、恒星の周囲を公転していない惑星は単純に恒星間浮遊天体ということで良いと思います。そのうちこれを舞台とした物語を書くのもありかな。