しまった!と思った時にはもう遅かった。彼女は隠し持っていた小槌で隙を狙い、コツンと僕の頭をこづいた。そして僕は意識を失った。
「眠り小槌」というのを知っているだろうか?少なくとも小槌は知ってるよね?そう、小さな金槌みたいなモノだと思っても良いし、昔話に出てきた「打ち出の小槌」を想像しても良い。形はあれによく似ている。
最初は不眠症対策で作られた機械だったらしい。ホラ、目を覚ますには目覚まし時計がある様に、眠りたいのに眠れないときには、眠らせてくれる機械があると便利だと思ったことはないかい?普通は睡眠薬のお世話になるんだろうけど、「この眠り小槌」を使うと、例えばなかなか眠れない患者の頭をコツンとこづけば、即眠らせることができる。睡眠薬みたいに飲み過ぎたりすることもないし、副作用もない。そんなものがあったら便利だろう?
そう、その小槌を彼女が今、僕の頭に振り降ろしたのだ。こういうものはすぐに本来の目的とは違う使われ方をされる。例えば、都合の悪い事が起こったとする。世間では「タヌキ寝入り」というのがよく使われる方法だと思うが、別に自分が眠ったふりをしなくても、相手が眠ってくれるという方法でも解決出来るわけだ。
つまり「相手を眠らせる」のが目的の様々な用途に使うことが出来るのだ。そして当然の結果として、形も当初の小槌形から、チカン対策のスタンガン形、警察向けの警棒形、へッドホン形にイヤーウィスパー形と、もう多種多様な形のものが市販されている。
じゃあ何で彼女が僕の頭を小突いたのかって?それはもう明白。毎度毎度のテレビのチャンネル権勢いさ。たかだかそんな事でって思うだろ?でもうちなんかマシな方だと思うよ。現に今日だって夫婦ゲンカで使われて、眠らされた方がそのまま殺されたりしてるし・・・犯罪に使われるケースもずいぶん増えてきているみたいだ。いずれこれも医療用に限る、というただし書き付きになるんじゃないかな?
「ふぁーあ・・・くそう、今日も負けちゃったよ。でも明日は絶対勝つからな。」
「ふふん、そんなにうまくいくかしら?」
イヤ味な言い方をする。しかしまぁ今日のところは負けたのだから、おとなしく引き下がる事にする。おかげで寝不足とは完全に無縁だが、格好悪いことこの上ない。しかもこのところ連戦連敗。悔しくて仕方がない。好きな番組もなかなかリアルタイムでは見ることが出来ない。これはやっぱり何とかしないと・・・。
「ねえ、男の人って、こういうのにあこがれるものなの?」
堂々巡りに陥り始めていた僕の思考を現実に引き戻したのは、僕を呼ぶ彼女の声とテレビで流れる西部劇だった。どうやら、彼女が見たかった番組はもう終わったらしい。
「そうだなぁ・・・こどもの頃は結構憧れたかなぁ。」
画面ではガンマンが早撃ちを披露している。それを見た僕の脳裏に閃くものがあった。
(そうだ、これだ!)
このガンマンがやっている早撃ちのテクニックを身につければ、小槌にも応用が効くハズだ。そうすれば彼女に負けてばかりではなくなるし、ともすれば、連戦連勝も夢ではない。
(にやっ。)
にやにやしていた僕を気持ち悪そうに彼女は見ていたが、やがて関心をなくしたのか、再びテレビの方に視線を向けた。
それから僕の特訓が始まった。小槌を片手に、拳銃よろしく早抜きを徹底的に練習し、一ケ月も経つ頃には相手と向き合った次の瞬間には小槌を抜ける様になっていた。
さらに腕に磨きをかけるため、次の一ケ月にはどんな体勢からでも早抜きが出来る様に、そしてさらには曲抜きも・・・。ここまで出来る様になれば、もう彼女に遅れを取るという事はよもやあるまい。
そして決心から半年、未だに僕は負け続けている。何故かって?そりゃ元が西部劇だろ。つい抜く前に格好つける癖がついちゃってねぇ・・・その隙をつけこまれるんだよ。それにね、拳銃は抜いたら勝ちだけど、小槌は相手の頭を小突かないといけないからねぇ。なかなか難しいんだよ、困ったもんだ。もっとも、おかげで相変わらず寝不足とは無縁な生活を送ってるけど。