第四話 ブラックホール作戦(恒星の死とブラックホール)

 ある時、僕こと、大越裕一が研究室に入ると、そこにはいつもは何やら密談をしている、研究室の教授である森本武彦と技官である井手純一の姿はなく、代わってお客さんが応接セットのソファーに座っていた。あまりにもだらしない格好で座っているものだから
「一体どこのどいつだ?」
と思ったが、振り返ったその顔には新聞記者である山田さんの顔が張り付いていた。そしてその口からは挨拶の言葉が飛び出してきた。
「やぁ、大越くん、君か。」
「こんにちは、山田さん。今日はどうしたんです?」
山田さんはポリポリと頭をかきながら話を始めた。
「いや・・・今日も明るく楽しく仕事をしようと出社したらな、森本教授からいきなり電話があって、『凄い大発明をしたが一番最初に記事にする名誉を君にやろう』と言うわけさ。」
一体どんな風に仕事をしてるんだろう・・・?チョット訊いてみたかったけど、コワイのでやめておこう。
「で、来たんですか?」
「そう言われりゃ来ないわけにもいかないだろ?それにたまには確かに凄い発見もあるし・・・」
確かに。いつもは怪しい研究ばかりしてはいるが、教授も伊達や酔狂でこの地位にいるわけではない。ちゃんとまっとうな研究もし、世界的にも評価は受けているのだ。でなければ日本の地方大学とはいえ、教授になんかなれるわけがない。もっとも、例の病気のような研究さえなければもっと研究環境の充実した大学の教授になれたはずなんだけど・・・

 「で、教授は?」
山田さんはふるふると首を横に振った。
「いないんだよ、それが。樋口さんに訊いても『知らない』って言ってるし・・・君は知らない?」
「いえ、僕も今来たところですから・・・」
「そうか・・・井手さんもいないんだよな・・・」
「そう言えば・・・」
あたりを見回してみると、いつもは教授の金魚の糞をしている井手さんも確かにいない。二人して一体どこに行ってしまったんだろう?チッチさんも知らないとなると・・・
山田さんのことだから、教授が行きそうな所や潜んでいそうな所は全て見て回ったに違いない。すると学外か?どこへ?何をしに?
そんなことを考えていたら、研究室の扉が開き、教授が戻ってきた。
「おお、山田くんに大越くん。早かったな。」
「教授が直ぐ来い、っていうから飛んできたんですよ。」
「まぁまぁ、そう文句を言うな。今回の発明を聞いたら飛び上がってびっくりすること請け合いだ。」
山田さんが怪しそうな顔をした。疑ってる疑ってる。まぁ、たぶん僕も同じ様な顔をしていたと思うけど。
「あ、その顔は信じてないな?」
「まぁ、前回遊びに来たときがあれでしたからねぇ・・・。」
ああ、確か「GF理論」の時だ。相当怪しかった上に未だに結論が出ていない。でお山田さんはそのあとの「同期の桜」理論は知らないはずだから、まだ幸せな方だろう。
「で、今回は何なんです?」
「ふっふっふ。今回はエネルギー問題とゴミ問題を一気に解決できる発明だ。」
はて?うちの研究室でゴミ問題?不思議に思って訊いてみた。
「あんまり宇宙には関係なさそうですが・・・」
「バカもん!うちの研究室でやるのに宇宙に関係ないわけがないだろう?」
教授はちょっと怒って見せたが、もちろんポーズだろう。しかしどう「ゴミ」と宇宙とが絡むのかがわからない。昔は「デブリ問題」というのがあったそうだが、ここ十年ほどの努力で随分改善されてきているという話だし、エネルギー問題が絡むとなるとデブリには関係なさそうだが・・・ん、デブリ?
「あ、もしかして宇宙にゴミを捨てようとか・・・デブリになるとまずいから太陽に捨てようとか、そういうネタですか?」
はぁ、と教授は溜息をついた。いかにも「出来の悪い学生を持って大変だ」とでも言いたげだったが、この件に関しては出来は関係ないだろう。あえて言うなら「察しの悪い学生を持って大変だ」くらいで・・・
「そんなもんは前世紀から話があるし、実際にやっている所もあるではないか。そうじゃなくて、地上にあるゴミを使って、宇宙でエネルギーに変えようと言う話だ。」
「ほぉ、なかなかまともな話ですね。で、どうやってエネルギーに変えるんです?効率とか採算は?」
山田さんが矢継ぎ早に投げかけた質問を一旦遮り、教授は順番立てて話をしていくという意思を表明した。
「まず『どうやって』だが、これにはブラックホールを使う。」
「ブラックホール?」
山田さんと僕はまたまたお互い顔を見合わせた。
「いいかね?ブラックホールに物が吸い込まれるときには、位置エネルギーを失いながら落ちていく。その失った分の位置エネルギーは通常熱エネルギーに変換され、最終的には電磁波という形で放出される。」
「・・・って言うことは・・・どういうことなんで?」
「いや、だから、例えば電波とか、赤外線とか目に見える光とかX線とかになるんだよ。」
「山田さん、いつぞや降着円盤の特集記事を書いてたじゃないですか。」
あんまり理解できていない風の山田さんに思わず助け船を出した。確か連載で宇宙の話をしていたときにそう言うネタがあったはずだった。
「ああ、あのどこかの銀河の中心にあるやつだっけ?」
「そうそう、それだよ山田くん。それが『ブラックホール発電』の最も良い例だ。ガスがブラックホールに落ち込むときに光やX線という形でエネルギーを放出しているわけだ。そこで!その周囲に太陽電池パネルを並べてやれば無尽蔵の電力が手にはいることになる。」
「そう言えばブラックホールに家庭ゴミや産業廃棄物を放り込んでエネルギーを取り出すという話もありましたね。」
二十世紀のSFでもそう言う話が確か出ていたのを思い出した。そんなに革新的な話ではなさそうだ。
「そう!世の中のゴミを元手にエネルギーを取り出す。これぞエネルギー問題と環境・ゴミ問題を一挙に解決できる、まさに一石二鳥の策なんだ。」
うんうん、と山田さんも頷いた。どうやら納得できたらしい。何か引っかかっている所はあるようだけど。

 「なるほど。確かにその通りですな。しかしその手の話はSFの世界じゃ前世紀からあるんでしょ?それに簡単にブラックホールって言ってますけど、まさか有名な白鳥座X-1まで出かけていくわけにもいかんでしょう。絵に描いた餅になりますが・・・」
「確かに今のままならそうだな。ここからが今回の発明だよ。我々は将来のエネルギー確保のために、そして環境問題を解決するためにブラックホールが欲しい。しかし近くにはない。じゃあ君たちならどうする?」
何となく山田さんと顔を見合わせた。今日一体何回目だろう?どうやら向こうも同じ事を考えていたらしい。どちらともなく目を教授の方に戻して言ってみた。
「探す?」
「持ってくる?」
教授は右手の人差し指を立て、左右に振って見せた。当然左手は腰に当てられている。いわゆる「ちっちっち」というポーズだ。
「ま、まさか・・・」
「そう。ないなら『作る』だ。」
い、いや、確かにそうかも知れないけど、そんなものを一体・・・
「どうやって?!」
「大越くん、ブラックホールの出来方を説明してみたまえ。」
「え?はぁ・・・。えっと、まずは太陽の8倍以上の質量を持つ星が超新星爆発を起こした後に出来るのが恒星サイズのブラックホールです。そして宇宙の進化ともに形成されたと考えられているのが銀河中心のブラックホール。」
「その通り。これはGF理論からも明らかだ。」
いや、決して明らかじゃないと思うけど・・・とりあえず話を続けよう。
「他には宇宙初期に出来たと思われるマイクロブラックホールなんかが理論的には予言されていますけど、未だに発見例はなかったはずです。」
「うむ。で、だ。我々が作るのは恒星サイズよりは小さい、出来れば小惑星クラスの質量のものを考えている。」
小惑星クラスの重さのブラックホール?ブラックホールにしては相当小さい。天然にはたぶん存在してないんじゃ・・・
しかし山田さんの関心はそう言うところには向いていなかった。天然に存在しようがしまいが、教授が「作る」と言ったからには出来る物と信じているんだろう。原理的なところはすっ飛ばして、すでに応用面の話に入りつつあった。
「メリットはなんなんです?」
「扱い易いのさ。出来れば太陽系内に置きたいが、あんまり重いと太陽系内の重力バランスを崩してしまう。それに可視光線ぐらいで光ってくれた方が、発電のことを考えても都合がいい。X線ばかり出てくるのでは効率が悪いし体にも悪い。」
なるほど。確かに一理あるけど・・・何かが頭の中で引っかかっている。重要な何かを忘れてしまっているような気が・・・
「それなら人工太陽にも出来ますね。」
「おお!山田くん良いアイデアじゃないか!そうかそうか、人工太陽が出来れば、それで火星のテラフォーミングも早めることができるかもしれない。」

 盛り上がったその時、井手さんが勢いよく扉を開け部屋に飛び込んできた。そしてその場にいつメンツのほとんど(つまり山田さんと僕)を無視して、教授に畳みかけるように話し始めた。
「教授、まずいです。いや、まずいことに気が付きました。小惑星クラスじゃ話になりません!」
「質量降着率かね?」
井手さんは頷いた。
「直径100kmで質量が10の19乗kgくらいの天体をブラックホールにすると、シュバルツシルト半径はたったの100オングストロームにしかなりません。発電するにはやっぱり、6000K位の温度の所が半径10から100mくらいに来て欲しいじゃないですか。これで計算すると1秒間に10の16から17kg、1日で地球の10分の1、1年だと地球36個分もの重さのゴミを出さないとダメです!」
教授は「ぽか~ん」と口を開けていた。きっとある程度予想はしていたが、まさかそんなにたくさんの物をブラックホールに送らないといけないとは思ってもみなかったのだろう。
「じゃあ、適切だと思われるブラックホールの質量はどの程度になるかね?」
「そうですね、木星くらいがいいんですが・・・まぁ金星や火星をブラックホールにしても、それなりには何とかなりそうです。」
そうかそうか、さっきから何か引っかかると思っていたのはこのことか!降着円盤の表面温度はブラックホールの質量、1秒間に落とす物質の量(質量降着率)に比例し、そしてブラックホールからの距離の3乗に反比例する関数になる。あんまり距離を大きくするとブラックホール自体の質量が小さすぎるので、大量のゴミを捨てざるを得なくなるんだった。
「そういえば昔、『さよならジュピター』っていうSF映画がありましたな。確か小松左京原作だったかな?」
山田さんが耳を鉛筆でほじりながら言った。すでにちょっと諦めモードに入っている感じだ。すでに記事にはなりそうもないと踏んでいるんだろう。
「どんな話なんです?」
「太陽系にブラックホールが侵入してきてな、地球に衝突する軌道に乗ってたんだ。それを阻止するために、木星を爆破してブラックホールの軌道を変えるっていう話だった。」
よくもそんな昔の作品を知ってるものだ。いつもながら、この人が蓄えている変な知識の量には感心する。
「今回は、『さよなら』ではないぞ。何しろエネルギー源になるんだから。」
「しかし、重水素を核融合燃料として取り出すって話があったじゃないですか。まずいと思いますぜ。」
うーん、と教授はうなったまま黙り込んでしまった。まぁ、そりゃあ太陽系の開発可能な惑星は資源として期待されているものばかりだから、簡単につぶすわけにはいかない。
「じゃあ、金星あたりをつぶすか。あれならテラフォーミングにも手間がかかるから、火星をつぶすよりはマシだろう。」
「いえ、どの惑星をつぶすにしても、今度はそこから地球に送電するのが困難になります。」
「ラグランジュポイントに置くんなら、井手さんの重力発生装置でもいんじゃないんですか?」
言ってみた。当然の事ながら地球-月系のラグランジュポイントに木星を持ってくるわけにはいかないが、人工重力場ならいろいろと調整できて便利な気がしたのだ。
「ああ、だめだめ。結局重力場は形成されるから地球や月にも影響が出る。ついでに言うと、あれでブラックホールクラスの重力を維持するのにどれだけエネルギーがいることか・・・下手したら赤字だよ。」
「赤字?」
「得られる電力以上に電気が要るってことさ。」
それでは確かに話にならない。
「じゃあ、一体どうすれば?」

 しばし研究室を沈黙が包んだ。ちょっと重苦しい雰囲気に耐えかね始めた時に、教授がぼそっと、物騒なことをのたまわった。
「やっぱり近隣の適当な恒星をふっ飛ばすしかないな。」
「でもそんなことが・・・」
「ちゃんと準備してある。もしかしたら太陽系内に置くのは無理かもしれんと思ってな。恒星を人工的にブラックホールにする方法も考えてあるのだよ。もっとも、そこまで装置を送るのに時間がかかるから、人類の今後を見越しての実験になるがな。」
なるほど。ということはまたしてもすぐには結果が出ないパターンか。こういうのを一体うちの研究室はどれだけかかえているんだろう?
「でもうちの研究室の予算では太陽系外にプローブを送るだけの予算はないですよ。」
「産学協同というやつさ。じつは既にアポは取ってある。」
教授がニヤリと笑ったその時、教授の机の上にあるヴィジフォンが鳴った。隣の部屋からチッチさんがかけたようだ。
『教授。四菱電機からです。』
「おお、おお、待ってたんだよ。直ぐにつないでくれ。」
教授はヴィジフォンのスイッチを入れた。だが直ぐにその顔が曇り始める。かいわはこちらにも筒抜けになっているが、どうも先方は何やらはぐらかそうとしている雰囲気が見て取れる。苛立って詰め寄った教授に対して、向こうは遂に抵抗をあきらめ、真実を語った。
「え、無理?どうしてなのかね?採算が採れないって言っても、すぐには確かに採れないが・・・回収見込みがないものには出せない?」
ヴィジフォンがプツッと切れる音がした。どうやら交渉があっさりと決裂したらしい。真っ暗になった画面から顔を上げ、我々三人を見た教授は残念そうにこう漏らした。
「ほんの二世紀ほど待つだけなんだがなぁ・・・それも出来んらしい。」
そりゃ無理だろうなぁ・・・と思った。いくら何でも二世紀先に投資するほど余裕のある企業は少ないだろう。しかし一体どういう案を提示していたんだろう?訊いてみよう。
「一体どんなネタを持っていったんですか?」
「ああ、近隣の恒星には太陽よりも小さい赤色矮星なんかが多い。それをブラックホールにして発電をしようというネタさ。」
「そうやってブラックホールにするんですか?」
「重力発生器を改良してね、恒星の重力を操れるようにしようとしたんだ。そうすれば中心の密度や温度を上げて、小さい恒星でもG型くらいにまで光度が上げられる可能性だってあるし・・・」
「最後には超新星爆発を起こさせてやれば、ブラックホールも造れるからな。」
超新星爆発だって?そんな物騒な・・・周りの恒星系にまで影響を与える事をしなくても・・・
「飛び散ったガスが我々の太陽系に悪影響を及ぼしたらどうするんですか?!」
「ああ、その辺は心配ない。超新星爆発と言っても様々な形態があることが既にわかっている。確かK.Nomotoの研究だったかな?回転軸に垂直な方向にだけガスが飛び散るトーラス型爆発を使えば、我々の太陽に影響を及ぼさずにブラックホールを作ることも出来るはずだ。」
なるほど。そう言えばこういうのはすでにコンピューター・シミュレーションで散々計算されているもんな。その方法については検討してた訳か。
「はぁ・・・」
しかし横で山田さんが溜息をついた。我々三人が行った技術的な検討をもあんまり大した事だとは思っていない節がある。
「あのぉ・・・素人考えで申し訳ないんですがね、赤色矮星をG型にってことが出来るんなら、わざわざブラックホールを作らなくてもただ単に周りに太陽電池を並べればいいんじゃないんで?」
・・・・・僕を含めて三人ともが沈黙した。確かに言われていればそうだ。わざわざブラックホールにする必要すらない。
「そ、そうか!何でこんな簡単な事に気が付かなかったんだろう?!」
「もう既にブラックホールを作るっていうのが前提になってましたからねぇ・・・」
「そうそう、あとジェットを吹き出させて、そのガスで直接タービンを回すとか・・・」
まぁ、ジェットで直接タービンをってのは置いといても、これは大変に間抜けな話だった。山田さん一人だけが
「ダメだこりゃ」
というような素振りを見せている。
放心状態から解けた教授は、それでも何か思いついたように、井手さんに耳打ちをした。しばらくごにょごにょ言った後、何やら合意が成り立ったらしい。
「仕方がない、とりあえずゴミ処理機能だけを優先するか・・・」
しかし、教授と井手さんの顔は笑っていた。その後二人は山田さんを連れてどこかに行った。そして研究室には僕だけが残された。

 二週間後、山田さんのところの新聞に
「大学教授がゴミ処理会社を設立! ブラックホールが世界を救う?!」
という見出しとともに、教授がベンチャー企業を設立し、世界各地からゴミを回収・処分する事業を展開することなどが書かれていた。
当初は僕も
「そんなのにお客さんが集まるんだろうか?」
などと悲観的に捕らえていたのだが、これがどうしてどうして。次から次へとゴミ処理の依頼が入ってくる。おかげで最大の難関だと思っていたブラックボールまでの輸送も、名乗り出てくる会社がいたりして、順調に事は進んでいる。まさに
「転んでもタダでは起きない」
の見本のような展開だった。
というわけで、今ではもっとも害がないと判断されたラグランジュ点であるL3にブラックホールが浮かんでいて、日々ゴミ運搬船が訪れている。捨てられるゴミはご家庭からの廃棄物を始め、再処理不可能な核廃棄物まで様々だという。採算が採れているかどうかは知らないが、いろんな軍備削減条約に従って、あちこちの国がいろいろとヤバイ物を捨てることもあるとかで、とりあえず儲かっているという噂だ。その証拠に、
「ブラックホールをもう一つ作る」
という話も持ち上がっているようだし、何よりも最近チッチさんの顔が少しだけ穏やかになったように見える。
教授と井手さんはゴミの確保が安定してきたこともあり、ブラックホールの周辺で発電の試験設備なんかを作って、いろいろと実験を繰り返しているらしい。少なくともこの結果が出るまでは、この研究室も平和なんだろう。
ああ、願わくばこの平和が永遠に続きますように。教授がまた変なことを始めませんように。

だが数日後・・・
「大越くん、実は大変面白い仮説を思いついたんだ。今度のは凄いぞ~。どうだ聞きたくはないかね・・・・・・」
・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・・