目が覚めた。
そこは暗く、何も視界には入って来なさそうな寂れた空間だった。
周りをキョロキョロと見回してみたが、やはり第一印象に違えずそこには何も見出せなかった。
と、不意に若い女の泣き声-それも啜り泣き-が耳に飛び込んできた。
(誰が泣かせたんだろう?それよりも何処にいるんだろう?)
そんな事を考えながらもう一度周囲を丹念に、そして注意深く見回してみると、さっきも見て探した筈の真後ろに、着物を着、頭を結い上げて簪を刺している若い女の姿があった。うずくまり、両手で顔を覆って泣いているその姿は、おそらく誰が見ても
「どうしたんですか?」
若しくは
「何を泣いているんですか?」
という風な声を掛けずにはいられない様な雰囲気を持っていた。
(一体どうしたんだろう?)
俺は先程も出てきた極ありきたりの、そして完全に使い古された陳腐な言葉を脳裏に浮かべながら、彼女の肩を叩きながら声を掛けてみた。
「もしもしお嬢さん、一体こんな所で何を泣いていらっしゃるんですか?」
すると彼女は顔から手を離し、こみあげて来ものを抑え、何度もしゃくりあげながらこう言った。
「お、おとっつぁんが・・殺されて・しまったん・・・です。」
がっちょおぉーん!
てな風に俺は驚いた。何処のどいつがそんな酷い事をしたのか!こんなに若く可愛い娘に・・・。
「ゆるせん!」
自然にそういう怒りの言葉が口から発せられていた。俺の心からの怒りがはっきりと伝わったのか、彼女はこちらに顔を向けた。その顔はやはり想像を裏切る事なく大変美しいものだった。やはりこういう美少女(?)は畳の上に少し正座を崩して、そんでもって小さい弟や妹が・・・・あれ?
「姉ちゃんかわいそう。」
「為五郎、それは言わない約束でしょう。」
(いつの間に・・・)
見ると彼女と俺しかいなかった、しかも何もない空間だった筈の周りが、昔風の時代劇でお馴染みの長屋みたくなっていた。おまけに小さい、五・六才の弟と三・四才の妹とがいた。(顔はどう見ても五十六才と三十四才だったが)
(この世の中には説明不可能な事が多々ある。)
そう思っていると、俺の顔をじっと見ていた彼女の表情が、ぐっと険しいものになった。そしておもむろに口を開き、
「お、お父っつぁんの敵。」
と叫んだかと思うと、すっくと立ち上がり、どこからともなくひっぱり出した短刀を振りかざして、俺に切りかかってきた。俺は
「何かの間違いだ!」
と叫んだが、彼女は
「お、お父っつぁんの敵!」
の一点張り。俺は
「何かの間違いだっっ!」
の一点張り。しかも彼女は短刀で突きかかってくる一点張りで、俺は避けてばかりの以下同文。しかしなにしろただでさえ狭い長屋の一室、逃げ続けるにも限界がある。そのうち逃げきれなくなり、部屋の片隅に追い詰められるのは必至。しかも俺はフェミニストだから女性には絶対に手をあげないというのをモットーとしている。
(こ、このままではヤバイ。ここはやっぱり逃げの一手あるのみ。)
障子を突き破って表へ転がり出ると、そこはいかにも何か出そうな陰気な、そして生温かい風の吹く、薄暗い墓場だった。何でこんな所にばっかり縁があるのだろうか?などと考えながら、しかしまだ彼女が追っ掛けて来るので必死になって逃げた。不思議な事に、”何故部屋の外が墓場なのか?”という問いは浮かばなかった。すると目の前に提灯を持った一団がいて、俺の走る予定の道を完全に塞いでいた。
「どぉけどけどけどけどけぇーっ!」
俺はそうわめき散らしながら集団に突っ込んだ。が・・・そのつもりだったのだが、彼らに手が触れる寸前、俺の手は何か妙な気配でも感じたのか、あらぬ方向へと飛んでいた。
でもそれは正解だったのだ。なぜなら、振り向いた男の内の一人には顔がなかった。又、その隣に日傘を(夜なのに)さしていた女性は首が異様に長かったし、三つ目に一つ目もそこにはいたし、傘は下駄を履いてるし、とどめに彼らの連れている馬は首だけだった。
「な、なんだ?おまえら・・・・・」
舌が回らなかった。思考が麻痺していた。頭では逃げる事を考えているのに、足が全く言う事を聞かない。その上、後ろからは
「お父っつぁんのぉーっ敵いぃーっっ!」
という声が近づいて来る。このまま行けば事態は完璧なまで典型的な”絶体絶命”ってなやつになる。俺は意を決して彼らの間―俺の唯一の逃げ道に逃げ込んだ。事態が更に悪くなっていくとも知らずに・・・。
俺が走り抜ける後から後から墓石が倒れ、もっと醜悪な妖怪や化け物、もののけ、物体Xにエイリアン達が飛び出しては俺を追い掛け始めた。その後方には
”ニッタァー”
と笑った先程の連中が立ってこちらを見、少女が声を張り上げて追っ掛けていた。
あれから一体何時間たったのだろうか?俺はまだ走っていた。予告通りさらに悪くなった状況の下で。なんと言ってもあれから追手の増えること増えること、騎馬隊、肉食恐竜、インディアン、翼の日の丸も鮮やかな大日本帝国陸軍最強の戦闘機、四式戦”疾風”、スターウォーズでお馴染みの宇宙戦闘機、今時テレビの子ども向け番組にも出て来ない様な派手なデザインの巨大ロボット群、そしてさらに、特撮戦隊ものに出てくる下っ端戦闘員を甲板の上に整列させた、空一面を圧する超巨大宇宙戦艦”まぐろず”etcetc・・まだ核ミサイルを搭載したF―十五イーグルや、F―十六ファイティング・ファルコンがいないだけまし、といった状況だった。核ミサイルなんぞ発射された日には、いくらなんでも逃げきれる筈がないからだ。
だからと言ってこの俺が何もせず逃げまわっていただけ、と思われては困る。いくら鈍い俺でもここまでくればこれが夢である事ぐらいさっしがついていた。ので具体的にどうしたかと言うと、
「夢ならば自分の思い描いた事が実現しても不思議ではない!」
という理論(?)を使い、
ある時は手榴弾、マシンガンにバズーカ砲を駆使して追って来る敵を粉砕し、
またある時は聖剣”キッチャウンデス”と聖楯”マモルンデス”などのアイテムで妖怪変化共を蹴散らし、
そしてまたある時は「天地爆裂」で巨大ロボットをぶっとばし、
そしてまたまたある時は衝撃波や電撃を放ち、空をマッハ二で飛んで戦闘機をうるさいハエよろしく叩き落としてきたのだ。
とはいえ何と言っても多勢に無勢、そこで今は必殺の一撃を与える事の出来る位置まで戦術的撤退をしている最中なのだ。
駄菓子菓子いや、だがしかし、それも遂に終わる時がやって来た。突然俺の目の前に現れた崖の上には、俺の頼もしい仲間である4人が立っていた。それを見つけた敵が、俺を何としても止めようと突進して来たが、寸前のところでそれを”加速装置”を使ってかわすと、彼らの真ん中に立ち、言った。
「待たせたな、みんな。よし、行くぞ!」
「オーッ!ダイキョー・・じゃなくて変身!」
俺たち五人はまばゆいばかりの光に包まれ、そして変身した。
「スペオペ・レッド!」
「ハード・ブラック!」
「サイバー・ブルー!」
「ニューウェーブ・イエロー!」
「ファンタジー・ピンク!」
「我等、空想戦隊エスエフ5!」
どっかぁぁーんんっ!
見事な迄にポーズが決まった。一回でいいからこんな事をやってみたかったんだよなぁ、崖の上でポーズを決めて、その後飛び降りる、これがヒーローの醍醐味だよなぁ・・ああ、生きてて良かった、などと思いながら俺は今迄追って来ていた連中を倒していった。
アイテムは”RIGHTサーベル”。襲い来る妖怪共を右に左にとバッサバッサとなぎ倒し、アンドロイド&ロボットのタッグコンビを一刀の下に切り伏せと、正に獅子奮迅の大活躍。俺の右隣りではブラックが”理論固め”でサイボーグを傷めつけ、左隣りではピンクが”魔法の杖”を振るって猛獣を子豚に変えていた。そして首なし美女死体には、
「合体、マーカライト・バズーカ!発射!!」
とよくある話の必殺秘密最終兵器で止めを刺した。
「おのれおのれ、お父っつぁんの敵。いでよ!ハチャメチャ獣、オタクコミケ!!”」
俺をしつこく追って来ていた少女がそう叫ぶと、地面が波打った後大きな地割れを生じ、その中から巨大なハチャメチャ獣が現れた。それを見た俺は少しも慌てる事なく、仲間達を振り返ってこう言った。
「よし、みんな、コテンロボに搭乗だ!」
「オーッ!」
その後は言わなくても分かってもらえると思う。ちゃんと一度は押され気味を演出し、続いて反撃へのお馴染みの連続パターン!遂にハチャメチャ獣はヨロヨロ、必殺技の出番となった。
「行くぞ!空想剣、異次元ブラックホール返しっ!!!」
ちゅっどーんんっっ!
「おのれおのれおのれ、お父っつぁんの敵。この次こそは必ず仇を打ってみせるからな!」
再び盛大な爆発が起こり、その煙が晴れた時
にはもうその姿はそこにはなかった。
平和がやって来た。だが、父の復讐に燃える美少女がいる限り俺には休む暇などないのだ。ああ、明日も予備校が待っている。頑張れ俺!俺こそは明日のヒーロー、世界の平和は俺の双肩に!
性格検査結果
使用したテストの方式・・・催眠イメージ・テスト
検査の結果、貴方は非常に特異な思考の持ち主であると
いう事が判明致しました。大阪教育大学入学の暁には、是非SF研究会に入部する事をお勧め致します。
09,12,1989
大阪教育大学保健管理センター