私はロボット。長い長い時の流れの中を動いてきたロボット。いつも一人だけ取り残されてきた。体の中では錆びついた歯車がギシギシと音をたてながら回り、弱り切った燃料電池は流す電気量を減らしてきている。まるで私に反抗しているかの様に。薄暗い地下室でただ一人、うつむいて座り込んでいるだけ。
昔々、女の子がいた。ショートカットの良く似合うボーイッシュな娘だった。
私と彼女は一緒に、よく学び、よく遊び、そしてよく眠った。私は彼女の一部であり、親友であり、幼ななじみであり、そしてまた仲間でもあり、時には恋人だった。
夏の海にいやがる私を無理矢理連れて行ったのも彼女だった。あの後、潮風で錆びつき動けなくなった私に、涙をボロボロこぼしながら謝っていた姿を今でも覚えている。あの頃は楽しかった。そしてその時は永遠に続くものだと、少なくとも私はそう思っていた。
しかし、彼女が成長し、大人に近づいていくにつれ、彼女の視線は少しずつ私から離れていき、行動的にも穏やかなものへと変化していった。
やがて彼女は成人となり、よく晴れた春の日に真っ白なドレスを着て、見知らぬ男と手を取り合って、楽しそうに笑いながらこの家を出ていった。私を一人ぼっちにして・・・
彼女は今どうしているだろう?幸せに暮らしているだろうか。それと彼女にとっての私とは一体どの様な存在だったのだろうか。もし知っているなら、心ある人よ、教えておくれ。
昔、男の子がいた。腕白でいたずら好きでどうしようもない奴だった。
私と彼は一緒に、よく語り、よく走り、そしてまたよくいたずらをし、よく笑い合ったものだった。彼は十九年間私とふざけあった気の合う友人であり、時には先生と生徒だった。
一緒に家のドアに水入りバケツをしかけ、親兄弟がひっかかるのを楽しみに待ったことがある。もっとも、この時は客がひっかかってしまい、後でこっぴどく叱られたものだったが、彼が。
しかし十九歳となる数日前、親と派手な喧嘩をしていきなり家を飛び出していき、それきりここへは戻って来なかった。あれ以来彼には一度も会っていないが、今でも元気に笑っているのだろうか。もし会ったなら心優しき人よ、伝えておくれ。私が今でも帰りを待っていると。
画家がいた。若くて世間知らずの苦労を経験したことのない男だった。
私と彼は一緒に、山を歩き、小川を渡り、この国のいろんな場所をイーゼルとカンバスや絵の具などをしょって旅した。私と彼の助手であり、良き理解者だった。彼には大きな夢があり、量り切れない情熱があり、そして光り輝く希望とがあった。又、それを語ってくれる顔はまぶしいぐらい、生気に満ち溢れていて、私も彼のその話を聞かせてもらうのが楽しくてしようがなかった。そう彼の成功を心から望んでいた。
しかし、ある日突然、彼は自室で首を吊って動かなくなってしまった。私は驚いた。何故彼はこんな事をしたのだろう?昨日まで楽しそうに笑いかけてくれていたのに。
彼は自分の絵のほとんどを引き裂いていて、全く新しいカンバスの上に”自信がなくなった”と書いていた。”自信”とは一体全体何なのか、そんなに大切なものなのか、私にはわからない。彼の絵は今、大きな、街の美術館に飾られているというのに。
それからしばらくの間、いや長い間私には一人の友人もできなかった。長い長い間ずっと一人ぼっちだった。私は自分の体が、整備もされないまま次々と朽ち果てていくのがわかった。自分の動作が鈍く、ぎこちなくなってきていることにはかなり前から気がついていた。暗いゝ地下室の中で、いつ現れるか知れない光を待ち続けていた。考える事と時間は掃いて捨てるほどあった。あの少女、少年、画家、時には実業家、教師、その他私にかかわった多くの、そしていろいろな職業の見知らぬ人々のことを。皆一体何のために生きたのだろうか。何のために私と知り合ったのだろうか。
ある時、地下室の扉がゆっくりと開き、一人の男が入って来た。彼は私を見つけると、近寄って来て外へと運び出した。そしてその後・・・・・いや、やめておこう。そう、結局は同じだったのだ。彼もまた私を捨てた多くの人間のただの一人となっただけなのだから。
私は蜘蛛の巣が張りめぐらされていて、埃の分厚く積もったあの地下室で今も静かに座り込んでいる。次の主人は、次の放棄者はいつ来るだろうか。私のまだ動ける間に現れてくれるのだろうか。
私はロボット。長い長い時を動いてきたロボット。体の中では錆びついた歯車がギシギシという音を鳴らしながら回り、弱り切った燃料電池は電力の供給をしぶっている。もうすぐ両腕両足は、変質・劣化したプラスチック部分で抜け落ちてしまうだろう。でもそれでもかまうまい。たとえ次の主人が目の前に現れなくとも。長い間、私は動いて”生きて”きたのだから。そろそろくたびれた。自らこの果てしなき物語にピリオドを打つのもいいかも知れない。
私はロボット。長い長い時間を動い・て・・・・・・・・
・・・カチッ